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2024年 10月 29日 VOL.235

日比遊一監督作品『はじまりの日』
― 撮影監督 山崎裕氏インタビュー

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

『エリカ38』『名も無い日』の日比遊一が監督・脚本を手がけ、名古屋を舞台に伝説のロックスターの再生と若き歌姫の誕生を描いた音楽ファンタジー。バンド「JAYWALK」の元ボーカリスト・中村耕一が主演を務め、ミュージカル舞台でも注目を集めるシンガーの遥海がヒロインを演じた。山崎裕キャメラマンの16mmフィルム撮影の映像美と珠玉の音楽の中で再生と誕生の物語が交錯する。

今号では、撮影を担当された山崎裕氏にフィルムでの撮影や現場についてのお話をお伺いしました。

16mmフィルム撮影を選択された理由についてお聞かせください。

 

山崎C:監督がフィルム撮影でいきたいという意識だったんです。特に16mmで撮影をしたいと。映画の形式はミュージカルをやりたいということでした。歌のシーンと普通の芝居のシーンがあり、セリフだけではなくて歌と音楽で表現したいという作品です。その芝居部分の主人公たちの背景として、生活そのものは底辺というか、訳ありな感じのボロボロのアパートに住んでいるような生活感のあるものを撮りたいという狙いがありました。主人公の元歌手は中村耕一さんが演じていて、ご自身の体験をモデルにしていることもあり、ドラッグで音楽を辞めて一番最下層の生活レベルのアパートに暮らしながら清掃会社でバイトをしているという設定です。そういったリアルな日常生活を描くのに16mmの質感を使いたいという意図がありました。ミュージカルシーンも多いため、それらをフィルムで撮影するとかなりの量のフィルムが回ってしまうので、ミュージカルシーンはデジタル撮影にして、ミックスでいこうという方向になりました。ファンタジー感のあるミュージカルシーンとの対比として、リアルな16mmの質感を狙いました。

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

日比遊一監督とご一緒されたきっかけを教えてください。

 

山崎C:監督の作品に『健さん』(2016、撮影:戸田義久氏)という高倉健さんのドキュメンタリー映画があるのですが、その作品で私にも声をかけていただいた経緯がありました。私は結局スケジュールが合わなくて参加できなかったのですが、今回はあるプロデューサーから改めて日比監督を紹介されてご一緒することになりました。監督は元々俳優志望の方で、それからニューヨークなどで写真家としてもデビューされているというユニークな経歴の持ち主です。ご自身が名古屋出身で、名古屋を舞台にした『名も無い日』(2021、撮影監督:高岡ヒロオ氏)の後の作品として今作があります。

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

ミュージカル作品ということで意識された点などはございますか?

 

山崎C:ドラマのシーンの芝居部分は普段撮影している映画と狙い方はそんなに変わらないのですが、ミュージカルシーンはミュージカルとして撮らないといけないので、ハリウッドのミュージカルのように莫大な予算があるわけでもなく、ダンサーも学生の方にお願いしたりと、意識としてはハリウッド規模のビジュアルをイメージしています。ですが、なかなか日本の予算ではそういった大規模なシーンを創るのには苦労しました。名古屋のテレビ塔前のシーンはある程度イメージ通りの規模ですが、突然カラフルな団地が現れてミュージカルが始まるシーンは、芝居部分とのつながりをどうしていくかを現場で監督と話し合って決めていきました。音楽に合わせてのカット割りなど、通常の映画の撮影とはいろいろな面で違いましたね。

照明については、尾下栄治氏とどのようなお話をされていましたか?

山崎C:簡単な照明のテストを尾下さんと少しだけイン前に行いましたが、コントラストの確認とミックス光での色味の確認ぐらいで細かいお話は特にしていません。映画で何作品もご一緒していますし、現場でもいろいろ工夫をしてもらっています。テレビ塔のミュージカルシーンでは、当初はハイライダーを使用する照明を考えていたのですが、実際の現場ではハイライダーが入れないということがわかり、代案として噴水の周りに並んでいるお店の上にライトを並べて撮影しました。噴水の周りは最新のLEDの照明機材がずらっと並んでいるのですが、お店の上の照明は昔の懐かしいタングステン光の照明にフィルターをかけたものを使用していて、現場の予算に合わせて照明機材も工夫してもらいました。それを音楽に合わせて点けたり消したりしましたから、照明部は大変だったと思います。

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

撮影期間と場所を教えてください。

 

山崎C:2023年5月8日から6月1日までの25日間で、全て名古屋市内で撮影しました。監督の構想として地元の名古屋を舞台にした映画を撮影するということで、テレビ塔にセントラルパークという地下街があるのですが、そこの地下の清掃会社を中心として、名古屋市内のロケーションで撮影されています。監督の地元ということで現地の方や会社の協賛が多くあり、余談ですがロケで配られたお弁当が最高に美味しかったです。

フィルムはVISION3 500T 7219のワンタイプのみでした。

山崎C:フィルム撮影の映画ではいつもコダックのVISION3 500Tしか使用していません。35mmでは5219、16mmでは7219です。映画を撮影するときは基本的にフィルムタイプを変えないですし、500Tだけでどのシーンでも撮影します。デイやナイトでフィルムタイプを変えると、画の質感や粒子感が変わってしまって世界観も変わってしまうと思うからです。

撮影機材、レンズの種類、またアスペクト比はどのように決められましたか?

山崎C:キャメラはARRI SR3でレンズはZEISS ファーストレンズを選択しています。ARRI 416を当初考えていたのですが、予算の面を考慮してSR3にしました。レンズについては、ZEISS ファーストレンズは昔から使い慣れているという理由です。アスペクト比は1.85ビスタです。私はあまり画のボケ足にはこだわりがなくて、例えば斜めの2ショットの撮影で極端に片方をボカすような画はあまり好きではないので、そういう意味ではスーパー16の深い被写界深度は気に入っていて、立体的な画の撮影を意識しています。

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

監督の演出方法と撮影の進め方についてはいかがでしたか?

山崎C:監督はあまり細かい演技の要求はしないで役者にある程度任せている感じです。監督もミュージカル作品を撮影するのは初めてだったので、ご自身が書いた台本と実際の撮影現場での状況が少し違う点が出てきてしまって、台本から直しをすることが多くありました。現場での修正は撮影上の都合もあるので、私も意見を述べながら一緒に相談して進めていきました。芝居からミュージカルに変わる瞬間がいろいろとあるのですが、そのきっかけは照明の変え方だったり、仕上げでも少し変えたりと、現場も含めて工夫しました。はっきりと観客にわからせるのか、それともうやむやな感じでいくかなど、いろいろと試行錯誤しました。

リファレンスとされた作品はありましたか?

山崎C:ミュージカル作品ということで往年の名作ですが『スタア誕生』(1954)や『雨に唄えば』(1952)などです。今回の『はじまりの日』は、昔有名だった歌手が今は落ちぶれているが、全く無名のある女の子の歌の才能を見つけてそれを売り出していくという定番のストーリーです。ハリウッドのミュージカル映画ではそういった構造の作品が多いですが、日本映画では滅多にないと思いましたし、ハリウッド的なミュージカルの方法論を生かした映画に挑戦したいと監督がおっしゃっていました。ミュージカル部分はファンタジーなのですが、そのファンタジーを支えている生活の部分はすごくリアルにやりたいということでフィルム撮影に繋がっていきました。

Ⓒ 2024 ジジックス・スタジオ

仕上げのワークフローについて教えてください。

山崎C:現像はIMAGICAエンタテインメントメディアサービスでノーマル現像です。16mmのネガからのダイレクトスキャンで、Cine Vivo®で4Kスキャンしています。カラリストは森誠二郎氏です。

グレーディングはどのように進めていかれましたか?

山崎C:今回は16mmの芝居シーンとデジタル撮影のミュージカルシーンがあったのですが、芝居については少しサチュレーションを下げて多少色を抑え目にして、リアルな生活感のあるトーンを狙いました。ボロボロなアパートは渋い感じが出ていると思います。ミュージカルのファンタジーなシーンは、あざとい感じでの派手さはあまり狙ってはいません。夜のシーンで衣装が綺麗に観えるように多少はいじりましたが、違和感がない感じにしました​。

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フィルムとデジタルの画の繋ぎや馴染ませ方などグレーディングで工夫されましたか?

山崎C:実はほとんど意識していません。完成した本編を観ていただけるとわかると思いますが、思ったほど差がないんですよね。というのは、グレーディング中にも感じたのですが、16mmの粒子感が思ったほど無い印象でした。Cine Vivo®での4Kスキャンは『永い言い訳』(2016)で経験していたのですが、その時の印象と今回はかなり粒子感に違いがあったと思います。森さんにも確認したのですが、当時から比べるとアップデートを重ねているのでそんな結果になったようです。個人的には16mmの粒子感が好きなのですが、初見として凄く綺麗な画になってしまったなとも感じました。デジタルで撮影したものは、そのまま色味を活かせばファンタジーな感じになりますし、特別に馴染ませるようなことはほとんどしていません。フィルムの粒子感は個人の好みにもよりますが、私はトーンと同じぐらい大事なものだと思っているので、次回作でもテストをもっとしてみたいです。今後についてもフィルムカルチャーは残していきたいと思いますし、今回16mmを使用してみて、使い慣れたトーンで非常に満足しています。

(インタビュー:2024年9月)

 PROFILE  

山崎裕

やまざき ゆたか

1940年東京都生まれ。日本大学芸術学部映画学科卒業後、1964年に中村正義監修・小川益夫監督『浮世絵肉筆 日本の華』でキャメラマンとしてデビュー。その後、数々のテレビドキュメンタリー、ドラマ、記録映画の撮影を担当。1998年に『ワンダフルライフ』で初めての劇映画を撮影以降、是枝裕和監督、河瀬直美監督、西川美和監督など、日本を代表する監督の多くの劇映画作品で撮影を担当する。2009年の『Torsoトルソ』では撮影のみならず監督・脚本も務める。

 撮影情報  (敬称略)

『はじまりの日』

監督・脚本: 日比遊一
撮影   : 山崎裕
チーフ  : 栗原崇 
フォーカス: 高橋直樹

サード  : 徳山敦巳

フォース : 井坂雄哉
照明   : 尾下栄治
カラリスト: 森誠二郎(IMAGICA)
キャメラ : ARRI SR3
レンズ  : ZEISS 9.5mm、12mm~50mm(16mm用)、11-110mmズームレンズ

フィルム : コダック VISION3 500T 7219
現像・スキャン: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス

製作・配給: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
制作プロダクション: ジジックス・スタジオ
公式サイト:
https://hajimarinohi.jp/
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