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2024年 12月 16日 VOL.239

映像作家、磯部真也氏に特集上映「美しき、時代錯誤」について聞く

Ⓒ 2024 Shinya Isobe

2025年1月11日より2週間、渋谷シアター・イメージフォーラムにて開催される特集上映では2009年から2020年の短編作品『dance』(2009)、『EDEN』(2011)、『For rest』(2017)、『13』(2020)と、2022年の最新作、磯部作品の新機軸とも呼べる中編映画『ユーモレスク』が上映されます。イベントとしてトークゲストとの対談や、イメージフォーラム映像研究所時代の8mm作品の上映、今回の上映に合わせ16mmフィルムで撮影された新作上映も予定されています。

磯部真也氏はアートフィルム、実験映画の分野において、イメージフォーラム・フェスティバル/東アジアエクスペリメンタルコンペティションでの史上初となる二度の大賞受賞や、北米最古であり世界最大級の実験映画祭、アナーバー映画祭でのグランプリの受賞など、近年、国内外で高い評価を受け、注目を集めている映像作家です。

 

磯部氏の作品は16mmフィルムによる⻑期間のタイムラプスを駆使し、壮大な時間による叙述できない物語を描き出す作風が代表とされますが、その手法にとどまらず実験的な試みによる独自の映画表現を生み出し続けています。

 

今号では、磯部氏にフィルムでの撮影や自作の撮影手法、機材やフィルムの選択についてのお話をお伺いします。
 

最初に磯部さんの学生時代の作品制作についてお聞かせください。

 

磯部氏:映画を勉強し始めたのは2001年です。東京造形大学で劇映画コースを専攻していて、スタッフワークでのチームとしてこう映画を作るっていうようなことを授業で学んでいきました。個人の作品としては一応物語性はあるけれども、実験映画と物語映画の間みたいな感じの作品を作っていて、学生時代に4本制作しました。どれもフィルムで撮影した作品で、大学で3本、大学院で1本ですね。大学3年生で初めて自分の映画を撮るっていう時に、スーパー8のカメラを買って撮りました。当時のフィルムはエクタクローム64Tでした。その後の卒業制作で初めて16mmフィルムで撮影しました。作品は劇映画だったので、学校のアリフレックス STを借りて撮影しました。大学時代は予算もないのでプリントを焼かずに、撮影だけ16mmフィルムで、テレシネして編集、デジタルビデオ上で完成させていました。その後、2007年に大学院を卒業して2年くらい空いてからイメージフォーラム映像研究所に入りました。20代後半ですね。

16mmは学生でも手の届くものでしたか?

磯部氏個人で16mmで撮影する人っていうのは、あまりいなかったですね。ただ、16mmの映像の素晴らしさっていうのは学校の実習で触れていたので、それに対する憧れがすごく強くて。当時はデジタルHDカメラとかっていうのも、学生が触れられるようなものではなかったので、使えるデジタルカメラはMiniDVとかそういったビデオカメラだったし、それと比べるともう16mmフィルムの方がはるかに画質は良く、綺麗でした。そこに憧れて、卒業制作でなんとしても16mmで撮ろうっていうところから16mmフィルムでの撮影を続けている感じです。例えば、私の作品だとタイムラプスや多重露光をよくやったりするのですけど、風景や被写体に対してこういう風な技術を使ってみたらどうだろうかっていうような発想から、作品のアイディアが結構生まれてくるのです。フィルムで撮ることを前提として、何かアイディアが出てくるっていう。

今回上映される4作品の撮影期間や場所について教えてください。

磯部氏『dance』(2009)は映像研究所の課題なので1週間ですね。8mm撮影です。1週間、毎晩5、6時間ぐらい撮影していました。この作品は部屋の電気を消して外からの街灯の灯りのみで撮影しています。長時間露光なので出来上がった作品はそれなりな明るさがありますが、実際の撮影現場は暗い部屋の中で何時間も撮影していました。結婚前の妻に出演してもらったのですが、この撮影ではカメラの前で人物が動き続けていなくてはいけないので、暗がりの中で日常的な動きをひたすら反復してもらいました。それを毎日なのでなかなか大変だったと思います。

『dance』のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏『EDEN』(2011)の撮影期間は1年半ぐらいで、16mm撮影です。岩手の松尾鉱山跡に月1回ぐらいのペースで3、4泊して撮影しました。毎回、車で9時間ぐらいかけて通っていました。自分一人で行った撮影も多いのですが、どうしても人手が要る撮影だと友人に頼んでいました。長時間の車移動と、山の中での過酷な撮影だったので、一度撮影に来た人は二度と来てくれませんでした。なので、その都度、色んな友人に声をかけていました。

『EDEN』のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏:『For rest』(2017)の撮影場所は静岡の富士裾野で、16mmで撮影しました。こちらは撮影期間が5年ですね。5年をどのように分けて撮影していたかというと、初めの対象物が腐っていくところは1ヶ月毎日撮っています。この時期はちょうど仕事を辞めて次のところに行こうと思っていた時で、毎日撮影ができるタイミングでした。朝起きて、カメラを設置しに行って、夕方カメラを回収して。1ヶ月はそういう暮らしです。でも1ヶ月目の後半の方になってくると、もう撮影対象に腐敗する動きがなくなってきて、周りの季節の変化とかを撮るようになりました。1ヶ月に1回くらいの撮影ペースになり、その後は3ヶ月に1回ぐらいという感じで撮影間隔が広がっていきました。

『For rest』のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏:『13』(2020)、これも5年です。撮影場所は私の実家の屋上です。完全に一人で、16mmで撮影しています。ペースとしては、最初の1年間、曇りや雨の日以外は毎日撮るっていうところからスタートしました。日課のように朝カメラを設置しに行って、それをまた夜片付けて。これはもう本当に日常の中でやったという感じです。それを撮り終わったら、あとはその前後の展開っていうのを作っていったので、計5年かかったっていう感じです。実は、『13』と『For rest』の撮影期間がかぶっていて、朝に『13』のカメラをセットして、それから『For rest』の撮影に出かけて、帰ってきて『13』のカメラを片付けつつ、みたいな日もありました。

『13』 のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏:『For rest』と『ユーモレスク』(2022)の撮影時期もかぶっています。デジタル撮影ですが『ユーモレスク』も5年くらいかかっています。これは息子の成長記録的なところがあるので、息子の成長に合わせて撮影っていうのと、あとは季節の変化を捉えたかったので、そのペースに合わせて撮影しました。例えば一つのシーンを冬に撮ったとして、次の撮影は来年の夏と決めると、息子はこれぐらい大きくなっているだろうと予想して長期的な撮影計画を立てました。撮影は、従弟や家族以外は、従弟の友人に手伝ってもらったりしました。 
2025年の新作は、また『13』の時と同じく一人で撮影しています。

『ユーモレスク』のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

それぞれの作品の仕上げについて聞かせていただけますか?

磯部氏:『dance』は8mmフィルム編集ですね。上映時にCDで同時に音を出すか、もしくはファイル化したものをPCで流すかっていう感じですね。現像はレトロ通販だったと思います。
『EDEN』と『For rest』は16mmプリントで完成させています。ラッシュを一度デジタル化して、パソコン上で編集を完璧に決めて、ラッシュをその通りに切ってそれを現像所に渡して、現像所がその通りにネガ編してくれる、というラッシュ編をしました。編集が決まっていない状態でいっぱいハサミを入れるとフィルムがボロボロになって迷えないので、そういうやり方をしました。

『EDEN』はイメージフォーラム映像研究所の卒業制作で、かわなかのぶひろ先生に「16mmをずっと撮ってるんだったら16mmで完成させなきゃダメだろう」みたいなことを言われ、そこで初めて16mmプリントで作品を完成させました。デジタルで作った元の音を音ネガにして、結構お金もかかっています。さらに『EDEN』は英語字幕付きが1本と字幕なしが1本で合計2本プリントを焼いています。『For rest』も2本焼いています。『EDEN』の字幕付きは、テープレコーダーの歌が流れているシーンで英訳をレーザーサブタイトルで入れています。

『13』はフィルム撮影でデジタル仕上げですね。フィルムで撮影して、現像とテレシネはヨコシネにお願いしました。そこからデジタル編集しています。

新作はフィルム撮影で、『13』の時のワークフローをまた活かしてやってみようと思っています。フィルム撮影とデジタル編集でいろいろ変わったことをやってみようと。現像はIMAGICAです。

磯部さんの作品は長期間に渡るインターバル撮影をフィルムで行われています。撮影方法としてリスクを感じないですか?

磯部氏:インターバル撮影にそんなにこだわっているわけではないのですが、その手法で一つの作品を撮っている最中に、次の新しいアイディアが出てくることがすごく多いのです。『EDEN』で、風景に対してインターバル撮影をしたり、紙の再撮影によるアニメーションをしている中で、その次のアイディアが出てきて。『For rest』を撮っている時には『13』のアイディアが出てきたりして、インターバル撮影っていう手法が、どんどん発展していった感じです。

『For rest』撮影風景 Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏:今までリスクというか、事故は数えきれないぐらいあるのですが、すごく覚えているのは『13』の撮影の時に、一年間、毎日太陽が沈むところを何回もフィルムを巻き戻して多重露光で撮影していたんですけど、3ヶ月目ぐらいで、だんだんフィルムのパーフォレーションが伸びてきて、絡まっちゃうんですよ。何回かやったのですが、毎度3ヶ月ぐらいでおかしくなってしまう。これではちょっと実現できないなっていうことで、1ヶ月半毎ぐらいに小分けして撮るように撮影方法を変更しました。あとは『EDEN』の撮影時には、寒冷地なので冬のシーンではマイナス10℃近くになり、BOLEXはゼンマイ式カメラなのでグリースが硬くなって、すごくシャッタースピードが遅くなってしまいます。スローシャッターでの露出を現場で計算して撮影していました。この露出の計算も学生時代に劇映画を撮影している時に、しっかり教わっていて良かったと思います。逆に手間がかかるところが利点なのかなと思いますね。パッとなんかやってみようと思ったことがパッとはできないところ、そこにアイディアを入れやすいというか、待っている間の空白がそうですね。フィルムで撮影している時っていうのは考える時間が多いですね。

撮影機材やレンズ、フィルムの選択は、どのようにされていますか?

 

磯部氏:スーパー8のカメラは学生の頃、シネヴィスで買いました。BRAUN Nizo 801 Macroというカメラで、インターバルタイマーとバルブ機能が付いていたのと、コマ撮り撮影ができるので選びました。BOLEXはイメージフォーラム映像研究所時代に『EDEN』を撮影する際に買って、型番はBOLEX H16 SBMですね。レンズマウントがバヨネットのタイプです。アダプターをつけてCマウントレンズでも撮影しています。

『For rest』のワンシーン Ⓒ 2024 Shinya Isobe

磯部氏:ズームレンズを使用するのでターレット式ではなくSBMにしました、こちらも購入はシネヴィスです。レンズは10倍ズームのAngenieux 12-120mm T2.5をメインで使っていて、広角レンズはKern Switar 10mm F1.6とCentury Super Wide Angle 5.7mm F1.8 を使用しています。カメラはこの他に予備はなくて、BOLEXはSBM 1台、あとは映画監督の中嶋莞爾さんから借りているSBMがもう1台あります。BOLEXのインターバルタイマーはアメリカのカメラ機材屋さんから購入しました。アスペクト比はフィルム作品では基本は1:1.33ですね。スタンダード以外に選択肢があまりないっていうのもあります。スーパー16とか、35mmシネスコで撮ってみたいとずっと思っています。フィルムタイプはほとんどの作品がコダック VISION3の50Dです。屋外での撮影が多いので自然光で撮影した時に、黒が締まって見えるのと、ツルっとした画が好きで50Dを選んでいます。『EDEN』では廃墟の中は50Dだと暗すぎて、室内は200T、屋外は50Dで撮影しています。

『13』撮影風景 Ⓒ 2024 Shinya Isobe

影響を受けた監督や作家、カメラマンなどはいらっしゃいますか?

磯部氏:大学に入る前に美術予備校で美大受験用の勉強していたのですが、そこで教わっていた映画監督の中嶋莞爾さんからの影響がすごく大きいですね。今回の特集上映ではトークゲストとしてお越しいただきます。中嶋さんの作品は劇映画なのですが、割と実験的といえば実験的な感じの作品を作られています。『クローンは故郷をめざす』という劇場公開作品以前はインディペンデントの映画を作られていました。中嶋莞爾さんからは、作品の撮影とか、制作に対する姿勢とか、その辺はすべて影響を受けているかもしれないです。中嶋さんは、自分が良いと思うものをこう作りたい、という意識が強い方です。その理想を追い求めているところに非常に影響を受けています。私の『EDEN』や『For rest』に関しては、かなり作風も似ていると思いますね。『EDEN』や『For rest』を観た方から、アンドレイ・タルコフスキーやアレクサンドル・ソクーロフの影響を受けているのか?って言われたことがあります。僕ももちろんタルコフスキーの映画とかも好きで観ていたんですけど、それはダイレクトに影響を受けたっていうよりは、中嶋さんがその辺りの作品がものすごく好きで、中嶋さんを経由して僕が影響を受けているっていうことだと思います。

フィルムで撮影して良かった点を教えてください。

磯部氏:良かった点は、やはり手間がかかるところですね。しっかり考えなければならないからこそ、アイデアを入れる余地がすごくある。手間がかかるからこそ時間をかけて考えられる。普通に撮るっていうのもフィルムだと結構難しい。それなりに技術がないとできないことです。その技術がちょっと崩れると普通でなくなる。普通でなくなる可能性がすごく高いっていうのも、創造性につながりやすい気もします。失敗だなと思っていたところから発見があるというのは、よくあるので。これはデジタルで撮影ではあまりないことかなと思います。デジタルはとにかく回しとけっていう感じがあり、『ユーモレスク』のような長回しは絶対フィルムではやらないですし、フィルムだったら、もうこれで良さそうと思って、それでやめる。フィルムで撮って出来上がった作品は、自分自身もすごく気に入れる。ルックがデジタルとやはり違いますね。『EDEN』と『For rest』はプリントを焼いていますが、フィルムで撮ったものはフィルムで見た方がその醍醐味が分かります。フィルムで撮れるものとデジタルで撮れるものは全く違うので、私の場合はフィルムとデジタルと作品に合わせて使い分けて、フィルムでしか撮れないもの、なおかつデジタルも使わなければ絶対にできない映像っていうのを作っていきたいと思います。

『ユーモレスク』撮影風景 Ⓒ 2024 Shinya Isobe

最後に、今回初めて上映される新作についてもう少し聞かせていただけますか?

磯部氏:今までとはまた違ったタイプのものになります。⼀⼈で撮影するような⾵景の映画ですが、これまでの私の作品の中でもっとも抽象的で視覚的な作品になると思います。『13』と同じように16mmで撮影して編集はデジタルで仕上げます。フィルムはVISION3の50Dと250Dを使用していて、感度の違いによる質感の差なども作品へ活かせるよう、試⾏錯誤しています。『13』の時は、フィルムでは物理的に不可能だった事への対処法としてデジタル仕上げを採⽤しました。今回はフィルムとデジタルを混ぜたワークフロー⾃体から発想した作品となっています。

(インタビュー: 石川亮/鈴木理世)

 PROFILE  

磯部真也

いそべ しんや

映像作家。1982年横浜市出身。2007年東京造形⼤学⼤学院卒業。2011年イメージフォーラム映像研究所卒業。フィルムを駆使し、⻑期間の撮影をした実験映画が代表的な作⾵とされる。『13』(2020)、と『ユーモレスク』(2022)がイメージフォーラム・フェスティバル 東アジア・エクスペリメンタルコンペティションにて⼤賞を受賞。またアメリカのアナーバー映画祭において『13』はグランプリにあたるKen Burns for Best of the Festivalを受賞。『ユーモレスク』がJuror Awardsを受賞。その他の作品に『dance』(2009)、『EDEN』(2011)、『For rest』(2017)がある。
磯部真也氏ウェブサイト:https://www.shinya-isobe.com

 作品情報  (敬称略)

『Dance』

2009年 / 8mm → DV / 6分
出演: 伊藤らん 
撮影、編集、音声、音楽: 磯部真也 
カメラ: BRAUN Nizo 801 Macro 
フィルム: コダック エクタクローム 64T スーパー8

 

『EDEN』

2011年 / 16mmプリント/ 15分
撮影、編集、音声、音楽: 磯部真也 
スタッフ: 伊藤らん、大谷理仁、青木岳明、深串大樹 
カメラ: BOLEX H16 SBM
レンズ: Angenieux 12-120mm T2.5
フィルム: コダック VISION2 50D 7201、200T 7217、500T 7218
現像: ヨコシネディーアイエー
HDテレシネ: 南俊輔

 

『For rest』

2017年 / 16mm プリント / 17分
撮影、編集、照明: 磯部真也
音楽、音響: 磯部裕介
ピアノ: 深串大樹
声: 伊藤らん
協力: 鉢村岳明、大谷理仁、山崎剛弘、小野志乃芙
カメラ: BOLEX H16 SBM
レンズ: Angenieux 12-120mm T2.5、Kern Switar 10mm F1.6
フィルム: コダック VISION3 50D 7203
現像・テレシネ: ヨコシネディーアイエー
タイミング: 清水禎二

『13』

2020年 / 16mm →デジタル / 10分 
撮影、編集、音声、音楽、グレーディング: 磯部真也
カメラ: BOLEX H16 SBM
レンズ: Century Super Wide Angle 5.7mm F1.8
フィルム: コダックVISION3 50D 7203
現像・テレシネ: ヨコシネディーアイエー
タイミング: 横尾直樹

『ユーモレスク』

2022年 / デジタル / 46分 
撮影、編集、音声、グレーディング: 磯部真也 
出演: 磯部永和、磯部らん、磯部裕介、河端健太 
協力: 磯部らん、磯部裕介、三浦大樹
整音: 磯部裕介
カメラ: Blackmagic Pocket Cinema Camera(初代) 
レンズ: Angenieux 15-150mm T2.8、Kern Switar 16mm H16 RX F1.8、
Kern Switar 10mm Preset F1.6

磯部真也特集上映「美しき、時代錯誤」 予告

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