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2025年 3月 7日 VOL.243

16mmフィルムで描き出す、ドキュメンタリーを遥かに超えた異形の空間、『Underground アンダーグラウンド』― 小田香監督インタビュー

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

『ニーチェの馬』で知られる映画作家タル・ベーラが設立した映画学校で学んだ後、『鉱 ARAGANE』(2015)ではボスニア・ヘルツェゴビナの炭鉱を、『セノーテ』(2019)ではメキシコ、ユカタン半島北部の洞窟内の泉と、異形の地下世界を題材に制作を続けてきた小田香監督が、遂に日本の地下世界にカメラを向ける。日本各地を3年かけてリサーチ。その土地に宿る歴史と記憶を辿り、土地の人々の声に耳を傾け、これまでとは全く異なる撮影体制で地下の暗闇を16mmフィルムに焼き付けていく。その道行きには、映画作家・ダンサーの吉開菜央が、「シャドウ(影)」という存在を演じ、まるでその姿が歴史そのものであるかのように随伴する。

今号では、小田香監督にフィルムでの撮影、最新作『Underground アンダーグラウンド』の撮影現場、機材やフィルムの選択についてのお話をお伺いします。

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

最初に、小田さんがフィルムに触れたきっかけ、その後、どのような作品を撮られたのかについて教えてください。


最初にフィルムに触ったのは、2010年ごろからアメリカのホリンズ大学に2年間編入していたときでした。リベラルアーツの小さな大学なんですけど、そこの教養学部映画コースで初めて16mmカメラのBOLEXに触れたんです。授業の一環だったので作品を作ったとかではなかったのですけど、こういうものがあるんだと思いつつ、自分の作品はデジタルで撮り始めたり、アニメーションを作ったりしていました。その後、タル・ベーラ監督のfilm.factoryのプログラム(3年間の映画制作博士課程)を2016年に修了し、初めて自分の作品でフィルムを使ったのは、BOLEXで撮影した短編『色彩論 序章』(2017)です。2017年に1ヶ月ほどアーティスト・イン・レジデンスに参加していて、ロサンゼルスにあったEcho Park Film Center(※注1)の小さな暗室で自家現像のやり方を教わりながら、白黒16mmのトライ-Xで撮影した作品です。あと、Echo Parkでは色々と習いながら、10代の     方々向けに、10年後の自分に送るフィルムレターみたいなものを1人1ロールで作るという8mmのワークショップを行ったんです。同時期に3ヶ月間ぐらい山口県の秋吉国際芸術村にも行っていて、そこで同じようなワークショップをやったときに、現地で知り合った60~70代の方から昔のホームムービーのフィルムや映写機をいただいたりして、そのホームムービーと自分で花火を撮った8mmを合わせて『天』(2017)という小さな作品を作りました。他には『TUNE』(2018)もEcho Parkからいただいたファウンド・フッテージ(Found footage)、つまり、既存のフィルムでほぼ作っています。『ホモ・モビリタス』(2022)も一部既存の8mmフィルムにスクラッチしたり、ペインティングをしたりして、その映像と自分が撮った映像を合わせて作っています。完成はどれもデジタルですね。がっつり8mmで作ったのは『カラオケ喫茶ボサ』(2022)と『Lighthouse』(2024)で、他の作品はデジタルの映像と合わせたりしています。フィルムで結構撮ってはいるんですけど、作品の一部として取り入れるという感じが多いですね。

『セノーテ』ⒸFieldRain

『セノーテ』(2019)では、インタビューなど印象的なシーンを8mmフィルムで撮られていますが、この作品ではどのように撮影機材を選択されましたか?


『セノーテ』はiPhoneと8mmで撮っています。iPhoneの選択は最初からではなく、最初はCanon 5Dを水中ハウジングに入れて使って撮影しようとしていました。もちろん5Dも小さなカメラなんですけど、私の泳ぎがなかなか上達しなくて、触ってもいい地面を触りながら、なるべく片手で撮れるカメラじゃないと無理だなと思い、iPhoneだったら一応片手で撮れるので、ほぼモニターは見えないんですけど、機動力があるのでやってみようってなった事情があります。​​

『セノーテ』ⒸFieldRain

8mmは私にとって映像自体を見たときに温かみを感じたり、少し懐かしい気分になったり。その8mmで今生きている人たち、今あるコミュニティを撮ったらどういう風に感じるのかなと思ったのです。今を映しているんだけど過去みたいに見えたり、どの時代に属しているのかわからない映像に見えたりするんじゃないかと。伝説とか神話みたいなものを扱ううえで、時間を行ったり来たりする要素になるのではないかと思い選択しました。​​

『セノーテ』ⒸFieldRain

今回の『Underground アンダーグラウンド』では16mmフィルムでの撮影を選択されていますね。その理由は何でしょうか?


いくつか理由はありましたが、ひとつには、16mmで400フィート撮れるカメラを扱った事がなかったからやってみようと、5分ぐらいのティザーを作ったときの経験が大きいんです。そのときはまだ3、4人ぐらいのクルーで関西圏の地下に潜っていたんですけど、地下は真っ暗。照明を当てないと何も映らないっていうことがあって、どう空間を照らすかで空間の表情が変わってくる。当たり前のことなんですけど、それが認識できたんです。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

自分たちが実際に入ってみて、体験して、見聞きしたものを映画として表現するということをやっているので、私たちが今どういう風にこの空間を感じていて、それをフィルムに落とし込むにはどういう風に光を当てたらいいんだろう、ということを考え始めたんです。それが私にとって、チームにとって、すごく良いことだなと思って。自分たちが何を見ていて、何に耳を傾けているのかっていうのを考え、カメラを回し出す。その体験が非常に面白かったです。資金面でも文化庁の助成金がおりて多少予算があるとなったときに、 今だったら16mmで全篇撮れるかもしれないなと思って、制作陣も賛成してくれたので決まった、という流れでした。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain 

撮影期間はどのくらいで、撮影場所はどちらでしたか?


撮影は2021年1月から始めて、終わったのは2023年11月ぐらいになります。主な撮影場所は、札幌、沖縄、佐賀、島根、大阪、夕張です。集まったり解散したりしながら、結構長い期間撮っていました。


現場ではどのようなチーム編成でしたか?


主演の吉開さんも含めて10名前後です。1年目は私がカメラをやっていたんですけど、自分1人では全部できないし、例えば長崎隼人さんにテクニカルディレクションで入っていただき、光を測ったり、フィルム管理、装填、そのあたりを全部やっていただきました。これは2年目から高野貴子さんが入られたときも一緒で、高野さんはカメラの位置を決めてフレーミングする、長崎さんが光を計測してフィルムを管理する。照明は平谷里紗さんと白鳥友輔さんで、長崎さんと一緒に地下空間の光の計測でも頑張ってくれました。カメラはARRI SR3、フィルムは大体VISION3 500Tで撮っていて、地上のシーンは一部200Tで撮っているときもあります。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

撮影の高野さんは以前からお知り合いだったのですか?


いいえ、面識はありませんでした。どなたかに撮影をお願いしたいなと思ったときに、できたら女性の方にやってほしいなと思っていたのですが、女性のキャメラマンは数えるほどしかいないじゃないですか。そのときに長崎さんから高野さんのお名前が上がって、私も高野さんが撮影されている『サウダーヂ』(2011)と『国道20号線』(2007)がすごく好きだったので、お話持っていったらご快諾いただいて、高野さんにお願いすることになりました。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

以前の作品では小田さんご自身が撮影されることが多く、小田さんの個人的な視点を追体験できるようなドキュメンタリーっぽさが感じられました。今回の『Underground アンダーグラウンド』は若干客観的な視点になっていると思うのですが、何か変化はありましたか?


自分で撮影していたときは、何が映ってほしいかを考えるときに、本当に生きている人たちを映すことが多いので、私と被写体の人がどういう関係なのかというのがイメージに映ったら嬉しいなと思うんです。でも、私が撮影者じゃない場合、もちろん監督としての関係性というのはありますが、高野さん個人と被写体の人たちとの関係性もあるし、その関係性が複数になるじゃないですか。何が映るべきなのかを考えたときに、もちろん現場での判断がありますけど、カメラの前と後ろの総合的な関係性が映ればいいなと思ってやっていました。そういう点では『GAMA』(2023)と『Underground アンダーグラウンド』はこれまでの作品とは全然違いました。


小田さんがこれまで影響を受けた作家や監督、作品はありますか?


イメージ(画)の面で言ったら、今は少し離れたかもしれないけど、20代で観たポルトガルの映画監督、ペドロ・コスタの『ヴァンダの部屋』(2000)や『コロッサル・ユース』(2006)です。フレーミングとか。こんなにも映っていなくていいんだ、実際には映っているんですけど、闇の部分があっていいんだっていうのに、確かに驚いたのを覚えています。

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

そう考えると、地下のシーンもそれに近いところがありますね。


昔はかっこいい画を撮りたいという欲望があったと思うんです。ピシッとフレームとかも決めて、ある程度強度のあるイメージで映画を作りたいという気持ちが。今はそういう気持ちが薄れてきていて、ピシッと決まったショットだけが映画じゃないっていう考えも出てきています。そこでひとつ挙げられるのは、佐藤真さんが構成・編集された『おてんとうさまがほしい』(1995)という、照明技師の渡辺生さんがアルツハイマーを患っているパートナーを捉えた映画です。あれって別に何かがピシッと決まっているわけでも技術的に素晴らしいわけでもないけれど、彼と奥さんの関係性だったりとか、非常に大事なものが映っていて、それが編集の中で映画として表現されているということに感銘を受けました。


『Underground アンダーグラウンド』の現場ではどのように撮影が進行していきましたか?基本的に画は現場で作っていったのですか?


札幌、沖縄、夕張、さっき挙げた場所は全て、基本的に現場が始まる前に全スタッフでロケハンしました。その前にも私のリサーチ期間が1回か2回あって、沖縄だったら、まずは平和ガイドをされている松永光雄さんの案内で私とプロデューサーでガマ(沖縄戦で多くの住民が命を落とした自然洞窟)に入りに行き、もう1回、吉開さんとアシスタントの方と私で行って、吉開さんにガマのことを知っていただいて、その後にスタッフ全員で行って、もう1回ガマに入って、松永さんの語りを体験してもらって、というプロセスがあってからの現場です。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

なので、どこで何が起こって、松永さんがどういう方なのかっていうのは、現場に入る前にみんなで共有していました。撮影現場では、松永さんに何分ぐらいで語りをしていただくのか、吉開さんにはどこからどこまでどういうペースで動いてもらうのか、最初の照明はこういう風に焚いて一旦暗闇体験で光を落としたら、次の照明はどうすべきかなどの段取り決めをしていました。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

予告編でも印象的な「影」の手と吉開さんが出てくるシーンがとても綺麗に映っていました。


1年目は吉開さんもいなかったので、スタッフの1人の手を懐中電灯で照らして、どうやったら上手い感じに影の手を壁面などに出せるかを実験していました。

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

撮影機材はARRI SR3ということですが、レンズは何を選択されましたか?


レンズはロケーションによって違うんですが、例えば、パイロット版はZEISSの単焦点の16mmだけを使っていて、札幌編は単焦点の16mmと広角の9.5mmの2本だけ、高野さんに撮影に入っていただいた2年目からはZEISSのズーム 10-100mmを1本入れました。沖縄で撮るときはガマの細部を取りたかったので、Canonの10.6-180mmを使っています。

『Underground アンダーグラウンド』ⒸFieldRain

大体いつもマガジンは3、4個ぐらいで、一旦ガマに入ったら外に出るのが大変だからフィルムは全部マガジンに入れていました。自分たちのリュックとかに緩衝材を入れて、細い穴とかもあるので泥だらけになりながら、みんなで全部担ぎました。機材はもちろん借り物だから傷つけないように気をつけながら、なんとか運んだという感じですね。機材は三和映材社さんから借りました。アスペクト比はヨーロピアンビスタ(1:1.66)です。


フィルムの現像から仕上げまでのワークフローについて伺えますか?


フィルムの現像、スキャンはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスです。4Kログデータに長崎さんに大体標準な感じで色をのせてもらい、まずはmp4くらいでみんなに共有して、ラッシュは各自で観るという流れでした。ロケーションごとに映像を大体まとめて、札幌は札幌、ガマはガマ、といったように撮影ごとに違うカラコレがあり、大体これはこういう映画だよねっていうのを元に長崎さんに一旦色を付けてもらって、それを長崎さんと私でチェックしていきました。その後、高野さんに来ていただいて最終チェックを一緒にしていきました。みんなでチェックしたのは長崎さんのスタジオで、最終的にこれぐらいかな、となったときに劇場で試写して観る。試写してみてやっぱり違ったかなというところはもう1回修正する。この前、東京国際映画祭で大きなスクリーンでワールド・プレミア上映されたときに、長崎さんがちょっと違うかなと思ったところは手入れしているんじゃないかと思います。

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

フィルムで撮影して良かった点は何でしょうか?


先ほどの“自分たちが考える”といううえでフィルムが良かったという点、もちろん“ルック”(映像の見た目)も好きです。今回の『Underground アンダーグラウンド』は、何か今起こっていることを追いかけて撮るという作り方はしていないのですが、もしそういう撮り方をしていたとしても、フィルムで撮ると、ある種のフィクション性が生まれる気がしていて、それが被写体の方を守るとか、 良い風にも働くのではという気がします。そこはもう少しこれから追求して考えてみたいです。もちろん予算との兼ね合いですけど、お金が担保されていたらフィルムはもっとやってみたい。別にデジタルが嫌とかではなくて、もっと16mmでやってみたいし、35mmは非常にやってみたいですね。もうひとつ、ARRI SR3のカメラ自体がひとつの大きな存在であり、間違いなく緊張感もありますし、場を支配する感じがある。その効果が上手く使えたらいいなと思います。そういう存在がひとつあると、カメラ自体がひとつの役割を担ってくれるクルーのようで安心します。

『Underground アンダーグラウンド』Ⓒ2024 trixta

※注1 Echo Park Film CenterはロサンゼルスのEcho Parkにあったオルタナティブなアートスペース。作家で創設メンバーでもあるPaolo Davanzo氏とLisa Marr氏夫妻を中心に運営し、アメリカ国内外の主にエクスペリメンタルな作家の作品上映やフィルムの自家現像などのワークショップを定期的に開催し、ロサンゼルスでの個人作家の交流の場としても機能していた。現在はEPFC Collectiveとして活動している。


(インタビュー:2025年1月)

 PROFILE  

小田 香

おだ かおり

1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー。2011年、ホリンズ大学(米国)教養学部映画コースを修了。2013年、映画監督のタル・ベーラが陣頭指揮するfilm.factory(3年間の映画制作博士課程)に第1期生として招聘される。2015年に完成されたボスニアの炭鉱を主題とした第一長編作品『鉱 ARAGANE』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2015・アジア千波万波部門にて特別賞を受賞。世界に羽ばたく新しい才能を育てるために2020年に設立された第1回大島渚賞を受賞。多数の短編、中編、長編映像作品のみならず、インスタレーション作品も発表している。

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写真:松本拓海

 作品情報  (敬称略)

『Underground アンダーグラウンド』

 

監督: 小田香
テクニカルディレクション・録音・グレーディング: 長崎隼人
撮影: 高野貴子
照明: 平谷里紗、白鳥友輔
監督補佐・撮影補佐: 鳥井雄人
撮影補佐: 三浦博之
キャメラ: ARRI SR3
レンズ: ZEISS 9.5mm、16mm T1.3(16mm用)/ 11-110mm T2.2 ズームレンズ、Canon 10.6-180mm T2.7 ズームレンズ
フィルム: コダック VISION3 500T 7219 / 200T 7213
現像・スキャン: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
製作: トリクスタ
配給: ユーロスペース+スリーピン
制作プロダクション: トリクスタ
公式サイト: https://underground-film.com
Ⓒ2024 trixta

劇場公開情報
渋谷・ユーロスペースにて上映中

3/29(土)〜 大阪・シネ・ヌーヴォにて公開ほか全国順次公開

予告編

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