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2025年 8月 15日 VOL.249

撮影監督アドリアン・テイジドがコダック 35mmフィルムの粒子の質感によって劇的なムードを引き立てたアカデミー賞受賞作『アイム・スティル・ヒア』

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』のエウニセ役で主演を務めたフェルナンダ・トーレス

ブラジル人の撮影監督アドリアン・テイジド(ABC)は、ウォルター・サレス監督の2025年アカデミー賞受賞作(国際長編映画賞)『アイム・スティル・ヒア』で、コダック 35mmフィルムの粒子の質感を生かして、時の経過とともに展開する劇的な出来事を描きました。また、コダック スーパー8フィルムも物語の追憶を描くのに一役買っています。

物語の舞台は1971年、軍事独裁政権下のブラジル(1964〜1985年)。本作は実話に基づく伝記ドラマで、エウニセ・パイヴァはリオデジャネイロのレブロン海岸の砂浜にほど近いところで、夫ルーベンスと5人の子どもたちと共に穏やかな日々を過ごしていました。ところがルーベンスが逮捕され、その後消息を絶つと、エウニセは家族を団結させようと努めながら、真実を追求すべく孤独な戦いを始めるのです。

ルーベンスの居場所を探ろうとして彼女自身も逮捕され、軍当局によって12日間理不尽な仕打ちを受けます。10代の娘エリアナまでもが投獄されますが、24時間後に釈放となります。エウニセはその後、元政治家であるルーベンスが密かに政治亡命者を支援していたことを知ります。新聞にはルーベンスが亡命を求めて国外に脱出したと誤報されるも、彼女は夫が実は殺害されていたという非公式な知らせを受けるのです。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』のエウニセ役で主演を務めたフェルナンダ・トーレス

サレス監督が『アイム・スティル・ヒア』を35mmフィルムで撮影し、1970年代にブラジルで流行していたスーパー8フィルムを使ってパイヴァ一家のホームムービーを記録したいと望んでいたことは当初から分かっていたとテイジドは明かします。

「ウォルターはフィルム撮影を希望していただけでなく、映像にフィルムの質感やリアルな粒状感を持たせたいと明言していました。映画の冒頭は晴天とし、観客を一家の幸福感に誘うような映像にして、彼らの家が陽の光に包まれるようにすることを望んでいました」

「しかし、独裁政権の工作員がルーベンスを逮捕すると陽の光は全て消え去り、景色はもっと暗くなって不穏な気配が漂います。そして、エウニセがサンパウロに移住してから作品の終盤に至るまでは、より鮮明な映像にする必要があったのです」

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の撮影監督アドリアン・テイジド Courtesy of Adrian Teijido.

本作は世界中でさらに数多くの賞を受賞したほか、特にブラジルでは興行的にも成功を収めています。2024年11月の公開週末から2025年2月にかけて観客動員数500万人を突破し、2520万米ドルの収益を上げ、新型コロナウイルスのパンデミック以降、ブラジルで最高の興行収入を記録した映画となりました。

『アイム・スティル・ヒア』は、ブラジルの軍事独裁政権とその長きにわたる影響にあらためて焦点を当てるきっかけとなり、人権侵害や家族への影響、権威主義や不正に対して警戒することの重要性についての対話を促し、同国の政治に大きな影響を与えました。

『アイム・スティル・ヒア』でテイジドが撮影監督として初めてタッグを組んだサレス監督は、ブラジル映画史上最も偉大な監督の一人として広く知られています。代表作には『セントラル・ステーション』(1998、撮影監督:ヴァルテル・カルヴァーリョ)、『ビハインド・ザ・サン』(2001、撮影監督:ヴァルテル・カルヴァーリョ)、『モーターサイクル・ダイアリーズ』(2004、撮影監督:エリック・ゴーティエ(AFC))があり、カンヌ国際映画祭、ベネチア国際映画祭、ベルリン国際映画祭、英国アカデミー賞、ゴールデングローブ賞などで数々の最高賞を受賞してきました。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の撮影現場にて Courtesy of Adrian Teijido.

過去作にブラジルの伝記的政治スリラー『Marighella(原題)』(2019、監督:ワグネル・モウラ)があるテイジドはこう振り返ります。「ウォルターから『アイム・スティル・ヒア』の撮影を依頼された時、脚本と共にマルセロ・パイヴァの著書も渡されました。彼はパイヴァ家と親交があり、彼らの家をよく訪れていて、一家の思い出についてたくさん話してくれました。エウニセの生涯に一連の出来事が起こった時、私はまだ子供だったのですが、それでもこの物語が私の心に響いたのは、両親の様子から感じた当時のブラジルの緊迫した空気を覚えているからであり、私自身の家族の友人にも失踪したり殺害されたりした人が何人かいることを知っているからです」

「ウォルターは映像制作に関して鋭い審美眼を持っており、知識が豊富で、撮影で表現したいムードや情感を伝えるためにさまざまな映画を見せてくれました」

「プリプロダクション期間に本作について話し合う中で、彼は詩的で落ち着いた色合いの肖像画や、室内画で知られるデンマーク人画家ヴィルヘルム・ハマスホイについての本も渡してくれました。彼の絵は、家をどう撮影すればそれ自体が登場人物であるかのように描けるか、そしてエウニセの孤独をどう表現するかにおいて重要な参考資料となりました」

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の1シーン

「これは素晴らしいアプローチだと思い、異なるレベルの質感やムードを創出して、物語のさまざまな部分を描くというアイデアを思いつき、ラボでの現像、異なるフィルムストック、そして照明を通して実現しました。このような概念的な形で質感を活用したのは私のキャリアで初めてのことでした。私はフィルムが大好きなのですが、何本かのコマーシャルを除けば、35mmフィルムで長編映画を撮ることから10年以上も遠ざかっていました。ですから再び露出計を手にし、自分の選択肢を検討するというのはとても刺激的でした」

本作のためのテスト素材を撮影し、それを確認することですぐに確信が持てたと撮影監督は言います。「フィルムでの撮影は今もなお自分のDNAに染みついていて、あっという間に気持ちが楽になりました」

『アイム・スティル・ヒア』の主要な撮影は、2回に分けて合計16週間にわたって行われました。1回目は2023年5〜6月にリオデジャネイロ近郊で実施されました。ロケ地には伝統的な建物が立ち並ぶウルカ地区のほか、有名なシュガーローフ山(ポン・デ・アスーカルの通称)もあり、そこでパイヴァ家となる家を見つけ、それをポストプロダクションでレブロン海岸の映像にうまく合成しました。2回目の撮影は、11月から12月にかけてサンパウロで行われました。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』のライティングの様子 Courtesy of Adrian Teijido.

テイジドは35mm 3パーフォを使って1.85:1のアスペクト比で撮影し、最初はパナビジョンのプリモレンズを装着したアトーン・ペネロープ 35mmカメラを採用しました。一家の生きる喜びを描くため、主に手持ちスタイルでコダック VISION3 500T カラーネガティブ フィルム 5219に撮影し、ノーマル現像しました。

ルーベンスが逮捕された後、ほとんどの出来事が暗い家や刑務所の屋内で展開するようになってもテイジドは引き続き500Tを使いましたが、ネガの粒子を際立たせるためにラボで1絞り増感現像し、カメラはより静的かつ傍観的になっていきました。

視覚的なムードをさらに変えるため、エウニセがサンパウロに移住した後とそれ以降の終盤にかけての物語では、ライツ ズミルックスCレンズを装着したARRICAM LT 35mmカメラに切り替え、200T 5213で撮影し、ノーマル現像しました。

 

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の1シーン

ホームムービーの映像はビンテージのミノルタ スーパー8カメラで、500T 7219とエクタクローム 100D 7294の8mmフィルムを使い、時にはカメラチーム、時には俳優たちによって撮影されました。

パリのパナビジョン社が、メインのカメラとレンズのパッケージを提供しました。35mmフィルムの現像はパリのハイヴェンティ社で行われ、デイリーのカラリストはトーマス・ドゥボーヴが担当、アーサー・ポーが最終カラーグレーディングを担当し、マイケル・ハウウェルが補佐しました。スーパー8は、英国のジョン・サリム・フォトグラフィック社で現像されました。35mmとスーパー8のラッシュの4Kスキャンは英国のシネラボ社で行われました。

「アトーン・ペネロープはオペレーターを念頭に設計されており、映画のオープニングで一家が感じる幸福感と自由の表現に適した手持ちスタイルを構築するのに役立ちました」とテイジドは語ります。「物語の展開がサンパウロに移ってからはARRICAM LTに切り替え、ズミルックスCレンズの自然なシャープさを生かして映像をより鮮明にしました」

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の1シーン

フィルムストックの選択に関してはこう説明しています。「繊細な視覚的一貫性を維持するためにタングステンスタイプのみを使い、どれも85番フィルターを入れることなく補正なしで撮影しました。ハイヴェンティ社のカラリストがグレーディング・スイートで、ボタン1つで青かぶりを除去できると分かっていたからです」

「日中の屋外を500Tで撮影すると、特に日差しが強い海辺では露出の目標値T4やT5.6を得るために、1.8までのかなり強力なNDフィルターを使用しなければならないこともありました。アイピースで見る画像は暗かったものの、カメラオペレーターのルラ・チェリとファーストアシスタントカメラのマルコ・チリ・コントレラスは特に問題なく撮影し、そうやって得られた映像にはウォルターが本来意図していた粒子の美しい質感がありました」

ルーベンスを追って工作員がやって来た後や、エウニセが逮捕された後など、事態が急変するシーンでは、テイジドは500Tを1絞り増感して粒状性を高め、かなり低い照度と組み合わせることによって劇的な違和感を与えました。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』のエウニセ役で主演を務めたフェルナンダ・トーレス

「エウニセがサンパウロに移り住む時とそれ以降は、粒状感を低減する効果のある200Tに切り替え、ズミルックスCレンズと組み合わせることで、自然でありながら他のルックとは異なる独特の鮮明さを映像に与えました」と彼は言います。

ラッシュを確認するのに8〜10日かかりましたが、テイジドはプリプロダクションの期間中、ハイヴェンティ社のデイリーのカラリスト、ドゥボーヴとクリエイティブな信頼関係を築いたと言います。「彼は色やコントラストなどを微調整し、求められるフィルムらしい質感を映像にもたらして素晴らしい仕事をしてくれました」

いつもは撮影中にカメラを操作するのが好きなのに、本プロジェクトではそうしなかったとテイジドは言います。サレス監督のそばにいて、彼のビジョンを実現するために常に目を光らせていたかったからです。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』より

「その名のとおり、撮影監督とは監督のために脚本を視覚的な映像に変換する人のことを指します」とテイジドは言います。「観客がまるで登場人物と一緒にいるような感覚を抱くためには、フィルムの粒子のほか、構図やカメラの動きの裏にも常に概念的な理由がなければなりません。これは、本作の序盤では手持ちで撮影し、ルーベンスが連行された後にはより細やかな動きで撮影したことに現れています」

「可能な限り順撮りするようにし、静かで集中した現場を維持したのですが、これは役者たちの助けになりました。フェルナンダ演じるエウニセや、子役たちの演技は圧巻で、現場でスタッフが胸を打たれることが幾度となくありました」

テイジドは彼のチームとの交流を楽しみ、中でも伝統的および近代的な光源を使って照明を適切に演出し形作る手助けをしたガファーのウリセス・マウタには特に感銘を受けたと言います。

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』の撮影現場にて Courtesy of Adrian Teijido.

「ここ数年、LED灯具の進化と改良により、映画の照明に革新が起きています。私はウリセスと共に照明テストを行い、日中と夜間のシーンで使う照明器具の適切な色温度を見いだし、HMI、タングステン、LEDをどのように組み合わせるかを検証しました」

「パイヴァ家宅は見事な建築で、素敵な窓もあり、光を取り込みやすい環境ではありましたが、それでも日中の屋内シーンでは、陽の光が差し込んでいる様子を作るため非常に強い照明が必要でした。私たちは窓の外から従来の9Kや18KのHMIで照らすことで、それを実現したのです」

「しかし、特に作品後半のクローズアップなどの親密なショットでは、より拡散した照明が必要だったため、Nanlux Evokeライトも導入しました」

ウォルター・サレス監督作『アイム・スティル・ヒア』のライティングの様子 Courtesy of Adrian Teijido.

「夜間の屋内では、リビングや寝室周りにさりげないアクセントをつけられる小型タングステンユニットを用いました。ルーベンスのホームオフィスなど何室かの部屋は非常に狭く、照明を設置することはできませんでしたが、天井に薄いLEDのLiteMatを設置して照明を補うことができました」

本作の撮影体験をテイジドはこう振り返ります。「『アイム・スティル・ヒア』はこれまで私が制作してきた映画の中で最も重要な作品です。この映画が軍事独裁政権の問題、とりわけ失踪者たちについて再び政治的に焦点を当て、ブラジルの若い世代の関心を高めたからです」

「ベネチアでの反響には胸が熱くなりましたし、アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞したのは驚異的でした。ウォルターのためにこの作品の制作の一翼を担えたことをとても誇りに思いますし、アナログフィルム、特にその粒子を生かして、この物語に時間、場所、感情、文化のリアルな感覚を与えることができてうれしく思います」

(2025年5月9日発信 Kodakウェブサイトより)

『アイム・スティル・ヒア』

 (8月8日より全国公開中)

 製作年: 2024年

 製作国: ​ブラジル/フランス

 原 題: I'm Still Here

 配 給: クロックワークス

​ 公式サイト:  https://klockworx.com/movies/imstillhere/

予告篇

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