
2025年 9月 26日 VOL.250
Netflixの人気シリーズ、是枝裕和監督作品『阿修羅のごとく』において、撮影監督 瀧本幹也氏がコダック 35mmフィルムで魅惑的な視覚的親密感を作り出す

Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
2025年の最も美しく、最高のドラマシリーズの一つと絶賛された、是枝裕和監督の作品『阿修羅のごとく』は、現在Netflixで配信中です。男性中心の社会における女性の苦悩に焦点を当てた、家族関係を描いた繊細なドラマです。
撮影監督の瀧本幹也氏によってコダックの35mmフィルムで撮影され、7時間のエピソードとして構成された本作は、4人の成人した姉妹の関係を描いた物語です。生け花を教える綱子、主婦の巻子、図書館員の滝子、そしてウェイトレスの咲子ーの4人の姉妹が突然、年老いた父親が妻である母親のふじよりもはるかに若い女性と長年の不倫関係にあることを発見した後の物語です。真実が明らかになるにつれ、姉妹たちはこの衝撃的な事実に対して異なる反応を示し、それぞれが抱える個人的な問題、苦悩、秘密、疑念と向き合っていきます。
『阿修羅のごとく』は、脚本家・向田邦子の同名小説を原作とした作品で、1979年にNHKで2パートのテレビドラマとして放送され、2003年には森田芳光監督による同名の映画としても製作されました。
新しいNetflixのシリーズでは、衝撃とユーモア、悲劇とコメディが交錯する演出と主演俳優の演技が絶賛されています。また、1970年代後半の日本を表現するために、控えめながら温かい色調のパレットを取り入れた、親密で引き込まれるような瀧本氏の撮影も高く評価されています。
本作の撮影は、2023年8月から12月までの4ヶ月半にわたり、東京の東宝スタジオに特別に建て込まれた可動式の壁を備えた室内セットのほか、神奈川県や東京、大田区周辺の屋外ロケーションやアパートでも撮影されました。
瀧本氏は、写真家としてキャリアをスタートし、現在はCMのシネマトグラファーとしても第一線で活躍しています。本作は、是枝裕和監督と協業した4作目の長編作品であり、2013年の『そして父になる』と2015年の『海街diary』(いずれもコダック 35mmフィルムで撮影)に続き、2017年の『三度目の殺人』に続く作品です。
プロデューサーは、コダック ジャパンとポストプロダクションであるIMAGICAエンタテインメントメディアサービスが提供する、長編映画の予算編成のためのシンプルで明確、かつ手頃なソリューションを活用しました。これには、カラーまたは白黒のフィルムストック、現像(増減感などの特殊現像込み)、4Kスキャン、デイリーが含まれます。

『阿修羅のごとく』の撮影監督 瀧本幹也氏 Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
是枝監督の長編映画の撮影を担当されるようになったきっかけを教えてください。
30年程前、私は写真家の藤井保さんの助手として働いていました。藤井さんが、是枝監督の初めての長編映画『幻の光』(1995年、撮影:中堀正夫)の宣伝ポスターの撮影を担当することになったのです。その仕事は大きなプロジェクトで、私は一方的に、すごい監督が出てきたのだなという感じで、少し遠くから眺めていました。
数年後、私はロッキング・オン・ジャパンが発行するスタイル誌『H』の写真を撮影しました。その写真には、カルト集団の信者たちを描いた是枝監督の長編映画第3作『ディスタンス』(2001年、撮影:山崎裕)の主要人物が登場し、是枝監督もそのことをよく覚えていらっしゃいました。
その後、是枝監督の2009年の長編映画『空気人形』(撮影:リー・ピンビン)の宣伝写真を手掛けることになりました。長編映画に写真家として関わるのは初めてで、さらに撮影監督のリー・ピンビンさんの仕事を間近で見られる機会は二度とないだろうと思い、撮影がない日でも現場に行って、どうやって撮るのだろうと勉強しにいきました。レールを斜めに敷いて、人を動かしながらそれを追って、立体的な画作りをされていました。こういう撮り方をするのだと感動したのを覚えています。先日も改めて映画を見返したのですが、そのカメラワークは実に巧みでした。
でもその頃は是枝監督とも映画について会話をするわけでもなく、少しだけ挨拶を交わすぐらいの感じでした。私としては、いずれ一生のうちに映画を一本は撮影したいなくらいに漠然と思っていたのです。
私はその少し前からCMの撮影を本格的に始めていました。CMを映画的に撮ることを実践していました。是枝監督が『そして父になる』の撮影監督を検討していた時、たまたま私が撮影した大和ハウスのCMを目にされたのです。普通だったら、まずCMとか短編などを依頼するなら分かるのですが、是枝さんはよくそんな長編を撮ったこともない人にいきなり頼もうっていう、かなり博打だったのじゃないかと思います。
思い返すと、俳優がお芝居をするシーンをきちんと撮ったことがなかったので、最初はずいぶんと緊張しました。しかしその作品が評価され、その後、是枝監督の『海街diary』、『三度目の殺人』、『阿修羅のごとく』の撮影を担当し、そして最近では短編映画の『ラストシーン』を撮影しました。

『阿修羅のごとく』の撮影監督 瀧本幹也氏 Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
『阿修羅のごとく』の脚本を読まれて、どのように感じられましたか?
私が是枝監督とこれまでにご一緒した3つの作品はいずれも現代を舞台にしていましたが、『阿修羅のごとく』は1979年を舞台にした作品であり、時代設定が大きく異なる点がまずありました。さらに、過去にはNHKによる名作が存在するので、その価値を損なうことは許されないという緊張感もありました。当時の時代を現代の観客に鮮やかに蘇らせること、そして作品を丁寧に紡ぐことでリメイクに意義を持たせなければいけない、そうした強い思いに駆られました。
私の普段のCMの仕事は、はるかに短い期間で進められ、瞬発力でやっていく仕事の仕方です。7話構成のドラマは、短距離走の選手がマラソンに挑むようなものでした。そのため、撮ることに関しての不安はそんなになかったのですが、果たして最後まで集中力を切らさずにできるのかっていう不安の方が大きかったです。
さらに、時代的に1979年設定は撮影するのが一番難しいのです。ロケをすると景色のなかで不自然な部分が多くなります。エアコンの室外機とかがあったりするので全部隠さないといけない。自販機や車も映ると全てばれてしまうし、非常に難しい時代設定でロケが本当に大変でした。大正時代より以前、明治とか江戸時代であればそういった撮影所があるため、もう少し撮影が楽だったかもしれません。

『阿修羅のごとく』の撮影現場にて Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
その時代や視覚的な参考資料などを調査、研究されましたか?
もちろん、向田さんの原作を読むのも大事だったのですが、親交があった久世光彦さんが書かれた『触れもせで:向田邦子との二十年』という本がすごく面白くて、向田さんとはこういう人だったからこんな風に書かれていたのかとか、セリフの言い回しなども納得ができ、向田さんの人となりが少し身近に感じられて良かったです。
あと、向田さんが住まわれていたマンションは私のオフィスのすぐ近くにあって、卒業された実践女子大学も近くにあります。大学には向田邦子文庫があって、書斎で使われていた机などが展示されています。そういういろんな偶然や巡り合わせみたいなことがあり、近くを散歩した時に向田さんが思っていたこととか、『阿修羅のごとく』で言いたかったことなどを自然と私に伝えにきてくださったような気持ちがありました。

『阿修羅のごとく』の是枝裕和監督 Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
撮影前に是枝監督と本作についてどのような話し合いをされましたか?
是枝監督はフィルムで撮ることが大好きな方で、私も同じくフィルムが大好きです。ただ、当初は7話構成でナイト撮影も多いことからデジタルで撮ってフィルムにレコーディングするのが現実的ではないかと、少し考えていました。
しかし、いろいろ打ち合わせを重ね、ロケハンを進めていくうちに、やはりフィルムの方がいいのではないかと強く思いはじめました。ちょうどその頃、コダックとイマジカによる劇映画フィルム製作支援パッケージの話が持ちあがり、「これだったらいけるんじゃないか」という話になりました。是枝監督からは「フィルムでできるのであればぜひそうしたいし、瀧本さんのやりたい手法でお任せします」と言われたのを覚えています。
今回の『阿修羅のごとく』は本当に人間の心の奥深くとか、あまり表に出さない裏側の真の自分だったりとか、そのような凄く人間臭さを描く話なのです。物理的、業務的事情で考えてデジタルで撮るっていうことに、どこか違和感を感じるようになりました。
人間臭さを技術的な見方ではなく、人がその映像を見たときにデジタル撮影では感じ得ない、生身の心に触れ、その俳優の人の中身を見に行けるような感じにしたかったからです。これはやはりフィルムで撮るべきで、「フィルムじゃないと映らないことがあるだろう」と確信したのでフィルムを選択しました。

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瀧本さんにとって、フィルム撮影の魅力とは何ですか?
フィルムは化学的なプロセスを伴うので数値化できない様々な要素をはらんでいて、もちろん撮る前に最終的な画のトーンや仕上がりが頭の中に見えてはいるのですが、視覚化しづらい部分を表現することに期待しているところがあります。
映画やドラマ、例えば写真だったとしても、目に見えて脳が理解して見えているわけなのですが、そうではない身体や心で感じる映像みたいなことも写ると思うのです。フィルムで撮る方がそういうことが起きやすい気がしています。
例えば、レコードみたいなことに近いと思うのですが、耳で聞こえてない波長が混ざっていることで、聞こえてはいないのだけど音に深みが増すみたいなことだと思います。同じようにフィルムでも、目では見えてない部分の何かがあるのだけどそこの波形が多分すごく滑らかだから、何か見ていて疲れない、嫌な気持ちがしないということが多分どこかにあるのだと思います。

是枝裕和監督と撮影監督 瀧本幹也氏 Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
どのように本作のルックを実現したのですか?
私は、作品の世界観を決めるという点で、何というか、言語化できないけども、何か心にくるような物にしたいなと常々思っています。今回、クランクイン前に実際に鎌倉の家をお借りして、巻子の息子、娘役の二人を連れて行って、そこでフィルムテストをしました。以前『海街diary』で写真集を出したことがあって、その時もコダックのフィルムだったのですが、濃いフィルターを入れて撮って、それを私の暗室で焼く時に補正して引き伸ばしをするというやり方をしてそれがとても良かったのです。
そこで本作では、全てカラーバランスを崩すためにある特殊な方向の色フィルターを入れて撮影することにしました。ただ、本当に暗いところで光量や絞りが欲しい時にはフィルターを抜いて撮影し、最終的なカラーグレーディングを行ったレスパスビジョンで、色フィルターを入れた時のバランスの崩れを再現してもらいました。
基本的にはネガから密着でポジに焼いていて、焼く際にカラータイミングでノーマルに戻しています。デジタル的に戻しているのではなくて、化学的に戻しているのでどこかの色のバランスが崩れた状態でポジに仕上がってくるのです。それがこの作品の独特な色調というかトーンを生んでいます。
多分、陶芸にしても普通にマニュアル通りやったら普通のものしかできないと思います。フィルムも普通に使っているだけでは面白くないのです。レンズやカメラメーカー、コダックのような会社が取材に来て、どうしても解像度とかセンサーがとかそういう話になってくるのですが、私は全く興味がないのです。それをいかに壊して、何か違う方向にしていくかということに興味があるのです。
選択されたカメラとレンズについて教えてください。
ARRICAM STとZeiss Supreme Primesを使用しました。フィルムでポジまで上げることを考えると、シャープなレンズにしておいた方が良いと考えました。レンズの段階で、解像度が低く、味わいのあるレンズを使い過ぎてしまうと、ポジまで行くと不明瞭になり過ぎるので。フィルムからの逆算ですね。アスペクト比は配信だったので16:9を選択しました。

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撮影に使用したフィルムの種類と理由を教えてください。
コダック VISION3 500T 5219のみを使用しています。カラーバランスを崩すために色フィルターを使用するためファクターがかかることとネガの1/2減感現像も行いたかったため、高感度フィルムが必要でした。
また、セットの中での照明を最小限にして、窓外から入ってくる光をメインに撮っているような設計にしています。その方が光の質がリアルになるけど、光量が減るので感度が必要ということで500Tという選択になっています。
色フィルターを入れているので常に絞りは開放になってくるのですが、本当に光量が足りないときはフィルターを抜いて、さらに光量が足りないときはノーマル現像にしていました。
本当にギリギリのところでやっていました。やはり開放だとフォーカスが難しいのですよね。フィルムの場合、私がファインダーを覗いて、撮影助手がメジャーで測りながらとかもあるのですが、ファインダーの像を見られないと今フォーカスがきていたかどうかがチェックできないのです。
今回はカメラが常に動いていることが多くファインダーを覗きながらのオペレートが難しかったため、ファインダーを潰して、そこにCCDカメラを入れてそれをモニターにつないで、私はモニターを見てオペレートしていました。そのシステムはスパイスの三浦さんに用意していただきました。

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ネガフィルムの現像から最終グレーディングまでのワークフローについて教えてください。
ポジまで上げて、そこから4Kスキャンしています。最初のネガの段階で粒状性が荒いとなかなか見てられないような感じになるのですが、500Tは元々のネガがすごく綺麗だからそこは使いやすかったです。基本は減感とノーマル現像のみで増感はしていません。極めて暗いシーンはデジタルカメラを使用しましたが、デジタルでも色フィルターを入れて撮影し、そこから35mmネガを作ってからポジを焼きました。
特殊なローコントラストのポジをIMAGICAエンタテインメントメディアサービスの大阪で廣瀬亮一さんに仕上げてもらい、そのポジをScanityスキャナーでスキャン、その4KスキャンデータをレスパスビジョンのBaselightを使って最終グレーディングしました。カラリストは高橋直孝さんです。
最終グレーディングの方向性としては、特定の色が主張しない感じにしました。全体的に抑えた色調で控えめな方向です。生々しい色が入ってくると、すごくリアルで現実的に寄りすぎるので、現代劇の話のように見えるので少し色褪せた色調を狙いました。
要所要所で赤を強調し、登場人物の血の繋がりを意識させるようにしました。例えば、洗濯機の中を撮るシーンでは赤い靴下を入れ、帯の色や椿の花も少し強めの赤を意識的にし、また、奥さんに間違って電話をかけてしまう公衆電話については古びた赤の印象にしました。

撮影中の『阿修羅のごとく』の四姉妹 Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
物語を伝える上でのカメラを動きについて、どのような考えを持たれていますか?
カメラワークで感情を直接的に伝えようとはあまり考えていません。例えば、寄っていく、上がっていくといった動きは、どうしても表現が直訳的すぎてしまうからです。それよりも窓に写りこむ像や、すりガラス越しの視点など、人とカメラの間に何かを挟むことで心の距離感を表すような手法をよく用いています。
この作品では、四姉妹の距離感、心が近づいたり、少し離れたりする様子を意識しています。夫婦の関係においても、二人の間に障害が存在するのではないか、と感じさせるような距離感を暗示しています。こうしたアイデアの多くは、実際の現場での発見から生まれることが多いです。綱子と不倫相手の枡川の色っぽいシーンでは、二人の心の距離にすりガラス窓の障壁を挟むことでかえって色気が際立つようになっています。
撮影と照明スタッフについて教えてください。
カメラのオペレートは私が担当しました。チーフは井手口君(井手口敬志)です。井手口君は去年で卒業してシネマトグラファーになっています。フィルム撮影だったので、チーフがメーターを担当し、非常に暗いシーンでどれくらい残して露光させるかを話し合いながらすすめました。セカンドをやっていた浮邉君(浮邉佑希)が現在はチーフをやっていますが、その時はフォーカスを担当しました。
ファインダーの画は現場で共有していました。通常のビジコンだと不明瞭なので、表情やフォーカスもわからないことがあるので、ファインダーに取り付けたCCDカメラのおかげで助かりました。
サードの渋谷君(渋谷浩未)はローディングを担当しました。今そんなにフィルムの現場が多くないですから良い経験だったと思います。フィルムの方が助手が育つと思うのです。フィルムだと緊張感もデジタルと全然違って、全てに集中しないといけないので。

『阿修羅のごとく』の撮影現場にて Ⓒ Netflix, Inc. 2025. All Rights Reserved.
照明について詳しく教えてください。
光を当てないと何も映らないわけですが、是枝さんは『写真 阿修羅のごとく』(青幻舎刊)に寄せて「光と影」と書いてくださいましたけど、実際に何かを照らしていることが観客に明らかではいけないのです。
照明技師は藤井稔恭さんです。私が二十代の頃から長く一緒にやっている方で、映画も全てご一緒しています。実際の日本家屋の部屋の中は本当に暗いので、スタジオ内のセットでも、基本的にとにかく暗く照明を作っていました。
しかし、感情表現とかドラマチックな効果とか光で演出している部分もあります。繊細で質の高い、そして観る人に考えさせるような照明を目指しました。例えば、咲子が泣いている悲しいシーンで雨を降らせていますが、彼女の心情を表すように顔に雨が流れているような光を人工的に作っています。
この作品の撮影について、最後に何かコメントされたいことはありますか?
フィルム撮影では、HDタップからの映像がモニターに綺麗に映るわけではないので、芝居とカメラのあるところに皆の意識が集まります。特に長い撮影期間の中では、チームの一体感を生んで上手くいくことが多いですし、そこに何か宿るのではないかと思います。いい力が生まれる気がするのです。
精神論っぽいかも知れませんが、いろんな人がモニターを見ながら、離れたところでモニターを見ているよりも、隠れながらカメラの先の芝居を見ている方がいいものが生まれると思います。現場の空気が良くなって、役者さんもスタッフもフィルムってやっぱりいいよなと思ってくれる。それが嬉しいです。
『阿修羅のごとく』(全7話)
(Netflixにて世界独占配信中)
製作年: 2025年
製作国: 日本
制 作: 分福
配 信: Netflix
公式サイト: https://www.netflix.com/jp/title/81759233