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2025年 11月 7日 VOL.251

映写技師が企画監修する高品質の映写による35mmフィルム上映イベント『FILM座』

ⒸFILM座

『FILM座』は、35mmフィルム上映の再評価を目的として、熟練の映写技師が企画・監修する高品質の映写による名画上映のイベントです。今号では、2024年に『FILM座』を立ち上げられた映写技師の岩本知明氏に、その背景とフィルムで見る名画の魅力についてお話を伺いました。

最初に『FILM座』とは何かと、設立のきっかけについて教えていただけますか?


私はずっと映写技師の仕事をしていて、フィルム上映が当たり前でやってたんですけど、『アバター』(2009年)以降、2010年から13年頃にフィルムからデジタル上映に本格的に移行する時期がありました。過渡期だったので、同じ作品をフィルムプリントで上映する時もあれば、デジタルで上映する時もありました。その少し前に『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』(2005年)のジャパンプレミアを担当したときはDCP(デジタルシネマパッケージ)上映がメインだったのですが、バックアップとしてフィルムの映写機も仕込んでいて、万が一のことがあったときはフィルム上映に切り替えるよう指示を受けていました。デジタルのサーバーが予備を含めて2台あり、フィルムは1分ぐらい遅れてスタートさせていました。実際、上映中にサーバーが止まってしまって、3回上映のうち2回目の途中からフィルムに切り替えたんですよ。でも、その時はむしろ、もうフィルムからデジタル上映になるなって思っていました。パキッとしていてコントラストが強くて、スター・ウォーズみたいな作品はデジタル上映の方が合うのかなと。と同時に、このままフィルム上映がなくなっちゃうのはまずいな、良くないな、残さなきゃいけないなっていうのを感じたんですよね。その後、2013年頃に『エンド・オブ・ホワイトハウス』という映画を、都内のホールでフィルム上映したんですけど、その直後に、同じ作品をDCPで上映する機会があって、あるシーンを見たときに明らかにフィルムプリントと質感が違うなと感じたんですよね。デジタルの方はいわゆる平面的でペタっとした印象がすごくあったので、これは正直良くないなと思いました。


フィルムからデジタル上映になった最大の理由は、やはりコストだと思います。上映の現場でも、プリント費や輸送費、人件費などを相当コストカットできるはずで、デジタル上映に移行していったのも理解できます。また、世間ではデジタルに比べてフィルム映写のクオリティが低いっていう印象が強かったと思うんです。自分は、きちんとクオリティを保って映写すれば、そんなことはないという気持ちがありました。でも実際にいろんな劇場でフィルム上映を見る中で、映写によってクオリティを落としているのを目の当たりにし、結構ストレスが溜まっていました。それもあって、フィルム上映の機会を残すということと、フィルム映写のクオリティもちゃんと担保してやればフィルムの良さが伝わるはずだと思って、自分で何か企画してやりたいなと思い始めたのが『FILM座』のきっかけです。当時は忙しくてなかなか実現できなかったんですけど、2018年に鈴木映画を退職してフリーになって、そのタイミングでフィルム上映専門の映画館とかできないかなとも思っていました。そういうことを色々と考えたり、人に相談などしているうちに、コロナ禍になってしまったので一旦保留にしていたのですが、コロナ禍が明けた去年、2024年にそろそろやるか!って創めた次第です。​

第二回FILM座会場入口の様子 ⒸFILM座

最初にどのような活動をされましたか?


2024年9月に第1回、2025年3月に第2回、秋葉原UDXシアターで上映会を行いました。1回目は、ジョン・カサヴェテス監督の『こわれゆく女』(1974年)、2回目は、ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『アギーレ/神の怒り』(1972年)と『フィッツカラルド』(1982年)を二本立てでフィルム上映しました。​​

ロビー展示物 映写機の解説や映写関連器具など ⒸFILM座

お客さんの反応はいかがでしたか?

SNSやアンケートでは、かなり良い反応をいただきました。1回目の『こわれゆく女』に関しては、ちょうど劇場でジョン・カサヴェテス監督のレトロスペクティヴが上映されていたからか「デジタルで何度か観たけどフィルムプリントで観たのは初めてで本当に感動した」「初めて『こわれゆく女』で泣いた」というような方もいました。あとは、ジーナ・ローランズが直前に亡くなられたので、追悼上映として来てくれた方もいたかもしれませんね。2回目のヘルツォーク監督作品では、映画の修復や配給などを手がける山下泰司さんが「デジタル素材は初詮フィルムの代替品にしかなれないのか」みたいこともおっしゃってましたし、全体的にも手応えを感じました。初めから2本立てで観に来てくれた方もいたし、1本を観た後に2本目のチケットを買われる方も結構多かったです。もちろん全員ではないかも知れないですが、こちらの意図することを受け取って観てくださったんじゃないかなとは思います。​​

グッズとして販売した本物の35mmフィルムの特別チケット。

フィルムカットやテープ貼りなどスプライサー体験も ⒸFILM座

映画をフィルムプリントで観る魅力やフィルム上映の魅力とはなんでしょうか?


質感の観点で言いますと、DCPなどのデジタル素材はスクリーンに映った映像を観ているだけに留まっちゃう、あくまでも映像を観ているっていう感じです。一方、フィルムプリントで上映された作品を観ると、スクリーンの中の世界に自然に入るというか、スクリーンに映っている映像の世界が目の前にあるような感じで観られると思います。それは作品にとっては大きな違いだと思ってます。上映の前説でもお話ししたんですが、『こわれゆく女』はクローズアップが多い作品で、フィルムプリントだと特に人の肌の質感が全然違うと思いますし、本当にその人の肌に触れてるような感覚になれる、そうするとその人の感情にも触れられるような体験になるんですよね。それがデジタル上映だと全くないとは言いませんが、損なわれちゃうかなとは思います。あとは、ジーナ・ローランズの衣装がすごく可愛らしいんですが、その繊維感みたいなものもすごく伝わってくるというか。作品の内容的にも、彼女の精神の不安定さみたいなものが服の繊維にまとわりついてるような感じがするんですよね。それはやはりフィルムが持ってる質感、リアリティとか、色の豊かさだと思います。

上映に使用した映写機。イタリアのCINEMECCANICA社製Victoria5 ⒸFILM座

ヘルツォーク監督の『アギーレ/神の怒り』だと、鎧の質感は硬質だけど、ジャングルの湿った鈍い感じ、その鈍さが探検隊の進みの鈍さにも繋がってるようで。一方でジャングルの緑とか地表の色に対して、果物の鮮やかな色や血の色があったりとか、フィルムプリントで見る赤がすごく良かったなと思います。『フィッツカラルド』でも、船は白なんだけど、所々赤くて、グっと来る赤なんですよ。『こわれゆく女』でも、何度か出てくるトラックが赤なんだけど、その赤がすごく良かった。そういう感覚っていうのは、やはりフィルムプリントだからこそ味わえるものなのかなと思います。今こうやって話してる間にも空気があって、そこに緊張だったり、感情が渦巻いていたりします。そういうものをフィルムの粒子がしっかり捉えて映し出してくれるから、観るものもより 生々しく感じられると思うんです。エンドロールが終わっても座席から立てなくなるくらいの感覚ってありますよね。衝撃を受ける感じ。自分にとって、これまで映画を観てきてそういう感覚になれたのは、フィルム上映でしかないかなと思います。上映がデジタル化したからこそ分かることなのですが、フィルムプリントという素材が持つ力は相当大きかったんだなと思います。

ワンリールに編集しての上映。このリールで約2時間40分まで上映可能 ⒸFILM座

一方で、デジタル上映の優れた点や問題点はいかがですか?

 

映写技師の観点から言うと、デジタル上映(DCP)の良い点は、より調整がしやすいところだと思います。例えばフォーカスに関しては、フィルムの場合はいくらチャートのフィルムでばっちり合わせたところで、本編のフィルムではまた変わってきます。フィルムのベースの厚みにもよるし、フィルムがどれくらい摩耗しているかでも変わってきます。結局、本編で合わせ直さなきゃいけないのですが、常に画が動いてる状態で合わせるしかないんです。デジタルの場合は、どんな素材でも最初のチャートで合わせれば基本的には合います。止まった状態で見られたり、遠隔操作もできたりしますから、そういう調整のし易さはあります。素材をチェックするときも、飛ばしながらとか、戻ったりもできます。また、フィルムの映写機が作られた時は、部品も含めていろんなメーカーのものが作られて、規格も曖昧でかなりばらつきが大きかったと思います。機材を設置する業者さんによっても違いが出ます。デジタルだとメーカーが少なく、いろんなことが整理された状態で出てきているので、どこの会場に行ってもそんなに差がないんです。あと、映写光源がレーザーになってくると、クセノンランプみたいに何百時間とか何千時間とかで交換しなくて良いのでおそらくランニングコストが安くなりますよね。レンズのフォーカスとかシフトをメモリーできるのも良いですよね。


ただ劇場側が怠けると良くないんです。DCP上映になったからといって、映写技師が要らないというのは間違いだと思います。例えば、デジタル上映は朝一でピントが全然違ったり、シフトもずれたりすることもありますから、ちゃんと劇場に分かる人がいるっていうのが一番重要なんじゃないかなと思います。フィルム上映に比べて、もちろんやることは少なくなりますが、わかって上映できる人がいないと、上映の質は落ちてしまいます。上映の品質に対して完全に業者にお任せになっている話も聞きます。劇場側は、技術的な詳しいことは知らなくても良いのですが、自分たちが何を売っているかということについて、少し自覚を持ってほしいなという気持ちはあります。劇場は、映画の内容を売っているわけじゃなくて、映画を鑑賞する体験を売ってるわけですから。


今後どのような方にFILM座のフィルム上映を見てほしいでしょうか?


当時のフィルム上映を知ってる方にもちろん観ていただきたいし、物心ついて映画館に行き始めた頃はもうすでにデジタル上映だった、今の大学生、中高生とか、そういう方たちにフィルム上映の良さを感じてもらいたいです。

ロビーに展示された映写機。来場者からの質問に答えるスタッフ ⒸFILM座

若い方により見てもらいたいなと思いますね。入り口は軽くても良いと思っています。例えば、純喫茶とか昭和歌謡ブームみたいな、なんかエモいみたいなところからでも入っていただいて、でもやっぱりフィルムとデジタルは違うんだという風に感じてもらいたいなと思います。

ロビーの様子。幕間には予告編を上映 ⒸFILM座

フィルム映写を支える映写技師の技術の継承、ワークショップなど現場での若手教育についても検討されていますか?


今はもうフリーなので1人で現場に行くことが多いですが、鈴木映画にいた頃は移動映写で何人かで機材を持って行ったりするので、現場で色々やりながら教えられたり、実際やってるのを見てアドバイスとかもできました。今はなかなかそういう機会がないんですよね。福岡で行われたフィルム映写ワークショップに講師として2回ほど伺いましたが、現場ではないので、どこまでのことをやったら受講してくれる方の身になるのかっていうのが今一つ良く見えてなかったんです。結局、現場での経験が一番有益だと思うんです。ただ、フィルム映写の機会は少ないので、なかなか難しいと感じています。そういうワークショップとかで映写に興味を持ってもらうこと自体は悪いことではないと思うのですが、映写技師は本番の上映の現場をいかに踏むかということが大事だと思います。

映写機レンズの位置調整の様子 ⒸFILM座

日本でフィルムプリントの上映を見るにはどうすれば良いでしょうか?

 

まずどの劇場やホールにフィルム映写機があるのかという情報を仕入れると良いですよね。東京都内では、目黒シネマ、早稲田松竹、新文芸座、下高井戸シネマ、ラピュタ阿佐ヶ谷などがありますが、それらの劇場のSNSをフォローするとフィルム上映の情報が得られると思います。最近では、フィルム上映のときは「フィルム」「35mmフィルム上映」とか書いてくれることが多いです。東京近郊であれば結構見られる機会があります。京橋の国立映画アーカイブ、北千住のシネマブルースタジオとかは基本フィルムで上映されていますね。


FILM座としてこれから目指すもの、何を残していきたいでしょうか?


フィルム上映を2回開催してみて、半年に1回ぐらいのペースで続けていけたら良いかなと思っています。理想を言えば、こういうことがきっかけで、新作の映画がフィルムで上映されるようなことに繋がればと思います。名画座もそうですが、今は歌舞伎町の109シネマズプレミアム新宿にもフィルム映写機があって、昨年はクリストファー・ノーラン監督の『オッペンハイマー』(2023年)とか、ヨルゴス・ランティモス監督の『憐れみの3章』(2024年)を35mmフィルムプリントで上映していましたよね。何かそういう動きに繋がるきっかけになれれば。旧作でも、例えばテレンス・マリック監督の『天国の日々』(1983年)が巡回上映されていますが、35mmニュープリントでリバイバル上映みたいなことがあったら良いと思います。


アメリカだと新作も割とフィルムプリントで上映されてますよね。


アメリカだとクエンティン・タランティーノやクリストファー・ノーラン、ポール・トーマス・アンダーソンなど、ある程度フィルム上映にこだわってる監督もいらっしゃいますからね。先行上映をフィルム映写機のある劇場でやっていたり、フィルム上映の劇場の方が、良い動員だったりしています。日本は全国的には難しいかもしれないけど、名画座でしたら映写機もありますし、そういう違いがある作品、作家がいても良いのかなと思います。日本でもフィルム撮影作品はありますし、もしフィルムプリントで上映したいという作家がいれば、プリントを焼いて、フィルム映写機がある劇場での上映にチャレンジしても良いのではないかと思います。小さくてもそういうきっかけになれればと思うので、FILM座でそういう作品のプレミアとかやれると嬉しいですね。

ロビー展示された映写機のレンズ。ドイツのSchneider社製 ⒸFILM座

直近の活動予定についてご紹介いただけますか?


大きい会場のときはやっぱりその大きさに見合う、観て圧倒されるような強度の高い作品を上映したいなと思います。小さな会場の場合は印象深く、心に残るような作品をという感じで住み分けしていけたら面白いかなと思ってます。それよりもまず、その作品のフィルムプリントがあるか、貸出してもらえるかっていうハードルがあります。


次回はコミニュティシネマセンターが運営している「Fシネマ・プロジェクト」という、映写技術やフィルムの魅力を伝える企画を実施する団体とのコラボ企画として、12 月上旬にフィルム上映と映写ワークショップを開催する予定です。

 
会場は鎌倉市川喜多映画記念館で、同館の企画展に合わせてFILM座がセレクトした作品の上映を行います。上映やワークショップの詳細はそれぞれのホームページで確認してください。


●鎌倉市川喜多映画記念館:

https://kamakura-kawakita.org/


●一般社団法人コミュニティシネマセンター Fシネマ・プロジェクト: 

http://jc3.jp/

http://fcinemap.com/

トークの様子。聞き手は映写技師の神田麻美さん(左) ⒸFILM座

上映の前説でも話しているのですが、活動のベースにあるのは怒りだったりするんです。映画の現状に対する怒り、フィルムという素材を捨てようとしたことに対する怒り、最近の作品に対する不満もたくさんあるし、映写の技術に関しても、映画館は何を売っているかということについての自覚に対してもです。根本的には、本当に良いと思える映画を、良い素材で、本当にその良さが伝えられる品質で見せるっていうことをすれば、映画って良いんだなと思ってもらえるし、上映の仕方や素材によって印象って変わるんだなってことを分かっていただければと思っています。


FILM座のサブタイトルに「genuine cinema」と付けたんですよ。よく革製品で「genuine leather(本革)」と入っているものがありますが、FILM座は本物の革製品と一緒でそれぐらいの違いがあると思っているので、それをお伝えしたいです。

映写中の技師。映写機とスクリーンを常にチェックしている ⒸFILM座

 

(インタビュー:2025年9月)

​【参考】
山下泰司氏のnote「FILM座 ヘルツォーク」

https://note.com/tokiolifetime/n/n06fa056c3a01


『FILM座』Instagram

@filmza35mm

 

 PROFILE  

岩本 知明

いわもと ともあき

1971年東京都生まれ。映写技師。1996年に移動映写を専門とする有限会社鈴木映画に所属。以降、数多くのプレミアや完成披露、映画祭などで映写を手掛け、国内外問わず多くの監督や制作スタッフから信頼を得る。著名な監督から指名を受けることも。2018年からはフリーの映写技師として活動。2024年、フィルム上映の再評価を目指し、映写技師が企画監修する高品質の映写による35mmフィルム上映イベント「FILM座」を立ち上げる。第1回は『こわれゆく女』、第2回は『フィッツカラルド』『アギーレ/神の怒り』を上映し、現在第3回に向けて準備を進めている。

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