
2026年 1月 16日 VOL.253
第49回香港国際映画祭 火鳥賞(グランプリ)受賞作品
映画『黒の牛』、蔦哲一朗監督、青木穣キャメラマン インタビュー

Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
禅に伝わる悟りまでの道程を10枚の牛の絵で表した「十牛図(じゅうぎゅうず)」に着想を得て制作された、日本・台湾・アメリカの合作による映像詩。『祖谷物語 -おくのひと-』(2013)で国内外から注目を集めた蔦哲一朗氏が監督・脚本を手がけ、8年の歳月をかけて完成させた。
「フィルム以外では映画を撮らない」と明言し、独自の映像哲学で映画制作を続ける蔦哲一朗監督。本作も全編フィルムで撮影し、長編劇映画の撮影としては日本初となる65mmカラーネガフィルムも一部で使用した。2026年1月23日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿 K’s cinema他、全国順次公開。
今号では、蔦哲一朗監督、青木穣氏にフィルムでの撮影や現場についてのお話をお伺いしました。
構想から8年
蔦監督:パイロット版から考えると、構想から完成まで8年かかっています。2016年に京都映画企画市でプレゼン、2017年2月に35mmでパイロット版を撮影。そこから資金集めに苦労して、4年間くらいは大きな進展はなかったのですが、資金の目処が見えてきた2021年10月に65mmのテスト撮影をしました。2022年5月にクランクイン、約1ヶ月間撮影しました。翌2月の冬に2週間弱撮影し、3月に台湾で1週間弱撮影しました。あとは4月に山火事の実景です。
メインのロケ地が、僕の地元の徳島の三好市というところで、シーンごとに四国内のいろんなところで撮っています。台湾でも3ヶ所くらいで撮影しています。台北と花蓮という場所と澎湖(ポンフー)という島、離島みたいな島がいっぱいある、沖縄のような感じのところです。

『黒の牛』撮影現場にて 青木穣氏(中央)、蔦哲一朗監督(右) Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
日本、台湾、アメリカの国際共同制作
青木さんと蔦監督は数々の作品でタッグを組まれていますが、今回の作品ではどのような違いがありましたか?
蔦監督:予算の規模が一番違いますね。
青木氏:海外資本や海外協力が入ってくれたこともありますね。
蔦監督:台湾との国際共同制作。ポスプロがニューヨークのCineric(シネリック)というところでアメリカの資本も入ったので、その3国での共同制作という枠組みになっています。フィルム撮影も65mmに挑戦できたというのもかなり大きいと思います。作品的には、これまでよりも大分アート寄りというか、オリジナリティ、作家性の強いものになったなと思います。
主演のリー・カンションさんは初めから決まっていたのですか?
蔦監督:いや、企画の途中の段階で主演を誰にしようかというところで、今回プロデューサーの市山尚三さんが、元々リーさんと親交があり、台湾の黄インイクプロデューサーも加わることになったタイミングで、リー・カンションさんがいいんじゃないかという話が出ました。僕もツァイ・ミンリャン監督の映画は見ていたので、それはいいですね!という感じでしたが、リーさんがツァイ監督作品以外に出演されている印象はなかったので、本当にオファーできるとは思ってなかったんです(笑)。実際に僕が菓子折りを持って台湾に行き、リーさんにお会いして、この映画への想いとか、どういう役なのかとかを説明して、あと僕の『祖谷物語-おくのひと-』(2013)を観てくださって、出演が決まったという感じですね。

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偶然出会った「十牛図」(じゅうぎゅうず)
本作の着想はどこからでしょうか?
蔦監督:色々あるんですけど、縁あって1週間くらい、牧場で牛のお世話をさせてもらったことがあり、牛で何か面白い映像を撮れそうだなという感じがあったんです。そういう時にコンビニで偶然、「十牛図」について書かれた自己啓発本に出会ったんです。それを読んで「十牛図」の持っている新しい自分の確立という汎用的かつ普遍的なテーマと、その自己をさらに超越して無となる、自然や宇宙をイメージさせるデカさにビビッときて、これは私の求めているスケール感で、牛を主役に撮れると思ったんです。ビジュアル的に牛を撮りたいという欲求と、牛の持つ哲学性みたいなところがこれで上手くマッチできると感じたんです。
リファレンスにした作品
青木さんは当初から白黒で撮影と考えられたのですか?
青木氏:学生時代に16mmの白黒フィルムで映画作りをスタートしたので、白黒という選択肢が当たり前のようにあるんです。そのころからいつか本気の白黒映画を作りたいという気持ちがありました。今回の企画は黒い牛を撮るということで、すごくシンプルに白黒に決まりました。白黒にするかカラーにするかを議論した覚えはほとんどないですね。
蔦監督:牛の黒さを白黒の方が強調して見せられるし、神秘的に見せられるのではないかとか、スチールの白黒写真のように言葉はなくとも被写体の内面を浮かび上がらせる力がカラーよりも私はあると思います。僕が影響を受けている作品で、『ニーチェの馬』(2011)という白黒の映画があり、あれは馬ですが、そういう影響もあったと思います。
青木氏:確かに最初のリファレンスは、タル・べーラ監督の『ニーチェの馬』(2011)、他に溝口健二監督の『雨月物語』(1953)や『山椒大夫』(1954)といった、しっかりとした撮影の宮川一夫氏の作品でしたね。最近の白黒作品でいうとロバート・エガース監督の『ライトハウス』(2019)も参考にしています。
蔦監督:今回は一応、明治時代という時代劇なので、そういった名作の“ルック”(映像の見た目)を目指して作れたらなということがありました。
青木氏:ただ、時代劇だから白黒にしようという短絡的な思考ではなかったですね。

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白黒作品の魅力
白黒の魅力というのは、どのようなところですか?
青木氏:何より被写体をシンプルに象徴的に見せられるということ。元来日本人って、白黒表現を受け入れる気質があるんじゃないかと思うんです。水墨画とかもそうですし、現代でも日本の漫画って全部白黒ですよね。漫画を白黒で読んでいて不満を感じる人はほとんどいないのではないでしょうか。
蔦監督:白黒に抵抗がある人たちがいるっていうのは確かに分かるんですけど、自分は白黒作品を気にせず見てたんです。白黒の良いところは映画的没入感というか、物語性や寓話性とかノスタルジックさみたいなものを凄く高めてくれると思うんです。リアリティとはちょっと違うという視点で作品を見てるというところに差異があると思います。
青木氏:白黒の方が圧倒的に映画の世界観に観客を引き込みやすいと思います。
ダブル-X感をそのままに出す

青木氏:現在、白黒ネガの選択肢はダブル-X(5222)しかなく、2カットのみ陽が落ちてきて増感したんですけど他はノーマル現像です。人生で見てきた白黒映画で染み付いた映画のルックっていうのが目指すところというか、当たり前のようにそれを求めていたという感じです。ポスプロでコントラストを過度にいじったり、特殊なトーンを作り込んだりするのではなく、現場での露光やライティングやフィルターワークで狙いの雰囲気を作り、 あとはダブル-Xの良さというか、特性をそのまま生かしたいっていうのがありました。
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機材と照明について

撮影機材はどのように準備されましたか?
青木氏:35mmカメラは私物のMOVIECAM SLです。このSLという機種は日本には導入されなかったのですが、ARRICAM LTの原型になったカメラで、LTとほぼ同じスペックのものです。パイロット版を撮った後、ベルギーから出物があったので購入しました。フィルムカメラの性質上、本来メンテナンスの行き届いたレンタル機材を使うべきなのは勿論なのですが、予算と期間の関係から、私物を使うことにしました。単玉レンズはMeikeという新興メーカーのレンズです。単純に安くて描写上も不満はなかったので一式揃えました。ズームレンズはCookeの初代Cine Varotalの25〜250mmです。65mmカメラはバンリ映像の荒木泰晴氏所有のiXL870というカメラをお借りしました。情報がほぼ皆無なので素性はほとんど分からないのですが、Daedalus Corporationというメーカーのものです。マウントがPentax 6x7になっているので、レンズは全て写真用のPentaxレンズを使用しています。65mm 8パーフォの縦走りですが、それをシネスコサイズで使ったのでネガ面積的にとても勿体無い使い方をしています。当初、65mm 5パーフォのカメラを探したのですが日本にはなく、アメリカで個人所有している方を紹介してもらい交渉していたのですが、値段と条件の折り合いがつかなかったのです。
『黒の牛』撮影現場にて 青木穣氏(左)、蔦哲一朗監督 Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
照明についてはどのようにされましたか?
青木氏:ガファーとして稲葉俊充氏についてもらいました。照明機材は稲葉氏の私物とシネレントからお借りしました。稲葉氏は大学の後輩で、昔から僕達の映画制作に参加してくれていたチームの1人です。基本昼夜の室内シーン以外はほぼノーライトですので、照明部は通しではなくスポットでの参加をしてもらいました。デイシーンは主にAputureのLED、ナイトシーンはLEDに加えてハロゲンの裸電球などを使用しています。
助手さんは何人くらいでしたか?
青木氏:撮影助手は2人、フォーカスマンとフィルムローダーです。チーフはいません。台湾ではそこにプラスで現地撮影助手の方にサポート役として1人ついてもらいました。照明部はその都度により変動しましたが、2〜3人です。特機部は技師1人のみで、クレーンのセッティングはお手隙スタッフ総出でサポートしました。
65mm撮影に挑戦

65mmについて、使用された感想はいかがですか?
青木氏:画質が素晴らしいというのは言うまでもないのですが、そこに至る前にまずは日本で65mm撮影を実現させるための大きな壁にぶち当たりました。カメラ、フィルムの入手から、カメラの扱い、現像、全てが手探りです。スクラッチテストや装填練習をするオバケフィルムの入手もひと苦労です。いざテスト撮影をするとなっても巻き取り用のフィルムコアすら手に入らず、コダック ジャパンさんに唯一残っていたコアをひとつ提供していただいたくらいです。その上今回、65mmパートは海外ロケです。テスト撮影で画ブレが出たのですが、2回目のテストは時間的にも予算的にも無理で、出発前に出来る限りの対処はしたものの気が気じゃない撮影でした。現像は、日本からアメリカのFotoKemへFedExで送ったのですが、これもX線カブリのリスクに怯えながらの選択でした。テスト撮影の撮済みをラボに送った時にFedExを使ってカブリが出なかったというのが唯一の心の支えでしたが、本来安全に撮済みフィルムを海外輸送するには手荷物として機内持ち込みで持っていくしかありません。しかし65mmフィルムはその重さ故に1人2缶程度しか機内に持ち込めません。現像に出すためにスタッフ5人連れてアメリカへいくのは予算的に不可能でした。しかし、苦労の甲斐があって、65mmの映像は素晴らしいものでした。デジタル的な解像度の高さとはベクトルの違うものです。粒子は限りなく少ないのに、デジタル的なツルっとした感じがない。解像度の高いデジタルのカメラで、フィックスのカットが静止画のポスターがペタッと貼ってあるような画になってしまうのが嫌いなのですが、65mmは解像度があるのに粒子のうごめきがあるので、ちゃんと動画になっている。65mmの使用ネガは250D 5207と500T 5219です。結果的にデイシーンのみとなったので、500Tは1/2減感しています。
蔦監督:今回、撮影部は大変だったと思いますね。
青木氏:装填の仕方も誰も知らないカメラでしたからね。この予算と体制から考えたら、本来ならば撮影の責任者として65mm撮影にGOサインを出してはいけないようなリスクだらけの状況でしたが、日本の映画業界に一石を投じたいという思いがすごくありました。海外では娯楽大作から賞レースに出るような作品までジャンルに関わらず多くの映画がフィルムで撮影されていて、有力な巨匠は勿論、若手監督もどんどんフィルムを使っている。一方、日本では一握りの巨匠しか使えない、使おうとも思わないという現状に、無名の人間が撮るインディーズ規模の作品でも35mm、65mmで撮れるんだっていう意地を見せることができたかと思います。
『黒の牛』の撮影現場にて Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
リモートグレーディング
青木氏:35mmの現像とスキャンはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで、65mmの現像はロサンゼルスのFotoKem、65mmのスキャンと最終グレーディングはニューヨークのCineric、今回のプロデューサーの1人でもあるエリック・ニアリさんの会社です。カラリストはダニエル・ヴィンセントさんというCineric所属の方です。
仕上げはリモートのグレーディングをされたのですか?
青木氏:機材的な理由があってリアルタイムでのリモート作業が出来なかったので、まずは日本でスパイスの三浦徹さんと簡易的に仮のグレーディングをして方向性をダニエルさんに伝えて、あとは上がってきたものをその都度チェックしてまた修正の要望を伝えてというキャッチボール方式で進めたのですが、言語の問題もあり、あまり上手くいかず、かなり苦労しました。
蔦監督:ダニエルさんは、白黒については修復などの過去作での経験と白黒映画の知見が深い年配の方で、白黒パートはこちらの意図通りになって、ちゃんとフィルムの階調が自然な感じの画に仕上がりました。
どのような方向の“ルック”を目指しましたか?
青木氏:35mmの白黒に関しては前述したようにナチュラルなフィルムのトーンで、65mmのカラーの部分も当初はナチュラルなトーンを想定していたんですけど、結果的には少し異世界的な、カラーバランスを少し崩した、ちょっと引っかかるような色にしています。

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監督の演出について
監督は現場でどのように演出されているのですか?
青木氏:ロケハンの段階でメインポジションを一緒に決めて、ここからこういう風に撮ろうとある程度は決めてしまいます。レンズもロケハン時にほぼ決まります。
蔦監督:今回はワンシーンワンカットで、メインのカットはほぼ決まっていて、ついでに撮っておこうかと撮影したシーンは結果的に編集ではほぼ使いませんでした。引きの画でいけるなら、全部引きの画でいきたいというのがあり、みんな説明的に寄るじゃないですか、そういうのをあまりやりたくなかったんです。
青木氏:室内でも外でもその場所の構図的に一番良いポジションがあるんです。ロケハンで引き画はある程度決め込んでいるので、あとはその中で人物をどう配置していくか、どういう動きをするかを役者(と牛)の芝居をみて決めていきます。そこにクレーンワークやズーミングが入ってくると一気に三次元的に要素は増えるんですけど基本的にはそういう流れです。
蔦監督:雨の中の田んぼの中を牛耕で行ったり来たりしている長回しカットが最初からずっとやりたかったことで、牛とリーさんが演じる男(役名はなく、台本上「私」と表記)がひとつになっていくカットです。自然の猛威の中、無に至るために延々と繰り返す反復のような行為は現代にも当てはまると思います。がむしゃらに働いているとか、自分を見つけるためにがむしゃらになっている感じというか、座禅って座って自分を見つめるパターンと動的座禅といって、いろんな修行を動きながらやるパターンがあります。歩くだけで修行になるし、掃除とか、動的な座禅の中で自分を見つめていくと自分すら意識しなくなっていく、そういう過程を描きたかったと思うんです。自分を見つめていって最終的に自分すら忘れる感覚を映画で共有できたらいいなと。

『黒の牛』の撮影現場にて 青木穣氏 Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
カメラワークについて
意識されたカメラワークなどはありますか?
青木氏:今監督があげたシーンは、タルコフスキー監督の『ノスタルジア』(1983)のロウソクを運んでいる有名なカットを明確に意識して作り上げていった5分間の長回しのカットです。最終的にはクレーンワークや大雨降らしも絡んできて『ノスタルジア』とはだいぶ違ったものになってはいますが、当初よりこのカットを成功させることが監督としても僕としても大きなモチベーションのひとつでした。
蔦監督:そのシーンはこの映画では一番動的なシーンなのですが、基本的にはスタンダードで、「十牛図」の画に近い構図の、フィックスの撮影が多いんです。山で「私」が1人でぼーっとしているカットがあるんですけど、ゆっくりとズームしていきます。フルショットよりも広い画から、顔のアップぐらいまでいくので、3分間ぐらいかけての長いシーンです。それが今回の映画のいわゆる禅というか瞑想とか、脳内に入っていく感じというか、それを表現できたと思います。無になっていく感じにマッチしたなと思います。
青木氏:ズーミングというと、60〜80年代に乱用されたこともあり、古臭さだったり安易でチャチなイメージだったり、もしくはドキュメンタリー調の荒々しいカメラワークのひとつとして浸透してしまっているように思います。今回はそれを払拭し、本来のズーミングの持つ表現力というのを追求したいと思って、積極的に使っていきました。

『黒の牛』の撮影現場にて 蔦哲一朗監督(左)、青木穣氏 Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
上から俯瞰して撮っているシーンが結構あったと思うんですけど、こちらはどういう狙いでしたか?
青木氏:低予算ながら、春編の撮影では無理して期間中通しでフォクシークレーンを持ちっぱなしにさせてもらったんです。日本映画ではここぞというラストカットや決めのシーンだけクレーンという使い方が多いですが、普通にドリーやジブを使う感覚でクレーンを使いたかったんです。そのことで視点の自由さを得られたと思います。
蔦監督:今回は引きの画を多用しています。人物とか牛だけじゃなくて背景の自然をちゃんと見せることを気にした構図です。僕がそういう画が好きっていうのもありますけど、山水画とかをイメージしたり、引きの画でスケールの大きい世界観を見せたかったんだと思います。
青木氏:実景カットやブツ撮りっていうのが基本的にはないんです。基本的には常に「私」がフレーム内にいるんですよ。冒頭の山火事のカット(35mmカラー撮影、500T 5219)や65mmのパートは別ですが、どんな引き画であっても、白黒パートのカットは全て「私」がフレーム内にいることになります。
蔦監督:「私」は山の神様みたいな存在の人間であり、最後無になったとしてもあらゆるところに「私」がいるというコンセプトなので、全部のカットに「私」がいるという狙いです。基本、「私」がなるべく真ん中の方にいるっていう構図が多いんです。それは「十牛図」からなんですが、1人の新しい自分が牛を探していくっていう10枚の絵のコンセプトを表しているので、「私」以外は撮る必要がないんです。極端に言うと、10枚の画を映画にして、10シーン、10カットだけでも良かったんです。

『黒の牛』の撮影現場にて Ⓒ NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
アスペクト比について
青木氏:当初はアナモ撮影のシネスコを考えてテスト撮影もしていたのですが、インが近づいてきて、やっぱりこの作品はシネスコじゃないよねっていうのが出てきました。コンセプトでもある「十牛図」のまん丸の図柄の映画化というのが目指すところでしたから、シネスコの構図は違うなと。シネスコだと良くも悪くも「映画っぽい」画になってしまうので。結果この作品はスタンダードサイズにして大成功だったと思います。
蔦監督:でも、最後はシネスコになるんですよ。その差も狙いたいという意図がありました。違う世界に入ったという感じを出したかったんですよね。「私」も映画も違う段階に入ったという、自我を描いていた世界から世界そのものになったような表現をしたかったんです。あと、35mmから65mmになるので、単純に驚いてもらいたかったので、画面サイズの変化で補足的に迫力がでるようにしました(笑)。

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フィルム撮影についての想い
(インタビュー:2025年5月)
蔦監督:物語性みたいなものとフィルムの相性が良いと思うんですよね。リアリティとは別のところの寓話性というか、ノスタルジックさっていうのをフィルムは大分助けてくれるところがあると思うんです。芸術を見ているというか、崇高さっていうものもあるし、作品の質を1ランク2ランク高めてくれると思うんですよね。逆にデジタルでやる人はデジタルでやる理由を見つけてないとテーマと作り手の想いが乖離した作品になってしまうと思うんです。選択肢がなくて消去法としてデジタルでやっているだけの今の状況は早く変えたいですね。逆にフィルム撮影には気軽さがないと難しいですよね。海外の人は個人で所有されている機材なども豊富のようで、選択肢がいっぱいあるようです。日本では実験映画とかでフィルムを使っている方がいますが、日本は16mmが一番手を出しやすい感じですよね。ルック的なことも求めているところでちょうど良いところがあって。
文化的にフィルム撮影を残していくのであれば、プリント化すると補助金が出るとか、もっと助成があるとうれしいですよね。フィルムで撮ると物理的に保存性の高い媒体になるし、ちゃんと残っていきますよね。良い作品はフィルムで残しておかないと、後々名作が見られなくなるっていう本末転倒なことになると思うんです。デジタルで撮ったとしてもフィルムとして保存することは大事なことだと思います。100年後にも今のデジタルで撮影された映画が観られるようにしてほしいですね。
青木氏:フィルムの魅力はフィルムトーンの美しさはもはや言うまでもないのですが、僕は撮影から現像までの一連の工程そのものに最大の魅力を感じます。暗所でカメラに詰められたフィルムに、レンズを通して露光させる。それが化学反応で画像になる。ものすごく面倒で不確かなようで、極めて原始的で確実。いくらグレーディングや後処理が進化してトーンも粒子感もフィルムと寸分違わぬ画がデジタルで作れるようになったとしても、この原始的な撮影行為の集中力と想像力、緊張と偶然から生まれる創造性はデジタルで決して再現し得ないものです。
この作品は無名監督のオリジナル脚本で、商業的成功が見込める内容ではありません。そんな作品がリー・カンションさんを迎えてフィルム撮影が出来たのは海外からの出資と理解があったからです。最初の企画書からフィルム撮影を大きく謳っていました。予算がいくら厳しくても、出資者からもプロデューサー達からもフィルム撮影をやめるべきという意見はただの一度も出ませんでした。こういった映画作りが日本だけの出資でも出来るような業界になっていってもらわないといけないと思います。逆に、ここまで作家性がずば抜けた無名の企画でも海外資本を引き込んで世界に出れるんだという、そんな前例のひとつになれたら良いなと思います。
PROFILE
蔦 哲一朗
つた てついちろう
1984年生まれ、徳島県出身。祖父は甲子園で一世風靡 した池田高校野球部の元監督・蔦文也。上京して東京工芸大学で映画を学び、2013年に地元、徳島の祖谷地方を舞台にした映画「祖谷物語-おくのひと-」をプロデュースし、自ら監督する。全編35mmカラーフィルムで撮影された本作は、東京国際映画祭をはじめ、トロムソ国際映画祭(ノルウェー)で日本人初となるグランプリを受賞するなど国内外数多くの映画祭に出品され話題となる。また、BFI(英国映画協会)が2020年に発表した各年を代表する日本映画において、2013年のベストワン映画に選ばれる。

青木 穣
あおき ゆたか
1984年生まれ、神奈川県出身。東京工芸大学芸術学部映像学科に入学。フィルム映画集団「ニコニコフィルム」のメンバーとして撮影に多く携わる。卒業後は東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻撮影照明領域に進学。2009年修了後、フリーランスで活動。撮影作品に真利子哲也監督『イエローキッド』(2009)、濱口竜介監督『永遠に君を愛す』(2010)、蔦哲一朗監督『夢の島』(2007)、『祖谷物語-おくのひと-』(2013)などがある。

撮影情報 (敬称略)
予告篇
『黒の牛』
監督・脚本・編集: 蔦哲一朗
撮影: 青木穣
フォーカス: 石井綾乃
フィルムローダー: <35mm> 本荘在右、<65mm> 村上拓也
応援助手(台湾): 王少謙
特機: 今井正雄(ハイキング)
キャメラ: <35mm> MOVIECAM SL、<65mm> iXL870
レンズ: <35mm> Meike 18,25,35,50,75,100mm、Cooke Speed Panchro 18mm、Cooke 25-250 Cine Varotal、Vivitar 90-230mm、<65mm> Pentax 67 35,45,55,75,90,105,135,165,200,300mm、Pentax 67 50-100mm、Pentax 67 90-180mm
フィルム: <65mm> VISION3 500T 5219, 250D 5207、<35mm> ダブル-X 5222, VISION3 500T 5219
現像: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
製作: ニコニコフィルム、ムーリンプロダクション、CINEMA INUTILE、シネリック・クリエイティブ、フーリエフィルムズ
配給: ALFAZBET、ニコニコフィルム、ムーリンプロダクション
公式サイト: https://alfazbetmovie.com/kuronoushi/
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