
2026年 4月 28日 VOL.261
撮影監督ロビー・ライアン、コダック 35mmフィルムで描く"思いやり"の世界 ― ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
コダック 35mmフィルムで撮影を手がけた撮影監督のロビー・ライアン(ISC BSC)は、ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』において、思いやりに満ちた世界を映像で表現しました。英国・フランス・ベルギーの合作となるこの話題作は、2023年のカンヌ国際映画祭でワールドプレミアを飾り、パルム・ドールを競うコンペティション部門に出品されました。また、本作はベテラン監督の最後の長編作品になるとも言われています。
物語の舞台はイングランド北東部、カウンティ・ダラムにある、かつて炭鉱で栄えたコミュニティです。主人公のTJ・バナタインは、そこで「オールド・オーク」というパブを営むオーナーです。炭鉱の相次ぐ閉鎖により地域の人々の生活は苦しくなり、近隣の不動産価格も大幅に下落しました。TJはエールビールを提供しながら老朽化したこのパブを何とか維持しようとしています。ここは人々が集うことのできる唯一の公共スペースとして残っていますが、その経営は苦しい状態が続いています。
地元当局がシリア難民をこの町に受け入れたことで、地域の緊張が高まります。そんな中、TJはカメラで難民たちの到着を記録していたヤラと友情を育みますが、それによって周囲との対立はさらに深まっていきます。TJとヤラが、かつて結婚披露宴などに使われていたパブの奥の部屋で移民たちとの共同食事会を開こうとすると、状況はいっそう険悪になります。長年閉ざされていたその部屋の壁には地域コミュニティのモノクロ写真が飾られており、とりわけ1984〜85年の炭鉱ストライキを捉えた印象的な写真が並んでいます。

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
本作でTJ・バランタインを演じるのはデイヴ・ターナー、ヤラ役はエブラ・マリが務めます。また難民を含む多くの初出演者や非職業俳優もカメラの前に立っています。脚本はポール・ラヴァーティが執筆し、製作はレベッカ・オブライエンが担当。両者ともローチ監督の長年の協力者です。
「ケンと脚本家のポールは、現代の社会的・政治的テーマを鋭く切り取ることにかけては、本当に卓越していると思います」とライアンは語ります。本作はローチ監督とのコラボレーションとしては5作目にあたり、コダック 35mmフィルムで撮影された『天使の分け前』(2012)、『ジミーズ・ホール』(2014)、『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016)、そして16mmフィルムで撮影された『家族を想うとき』(2019)に続く作品です。またライアンは、アンドレア・アーノルド監督の『フィッシュ・タンク』(2009)や『レッド・ロード』(2006)でも頻繁に組んでいるほか、ヨルゴス・ランティモス監督の『女王陛下のお気に入り』(2018)ではアカデミー賞とBAFTA賞のノミネートを獲得。同監督の『哀れなるものたち』(2023)でも撮影監督を務めました。これらの作品はいずれもアナログフィルムで撮影されています。
「世界にはさまざまな問題が山積していますが、ケンとポールの作品に携わるたびに多くのことを学び、そうした現実により深く向き合うことができます。『わたしは、ダニエル・ブレイク』では緊縮財政と崩壊しつつある英国の福祉制度、『家族を想うとき』ではギグエコノミーにおける搾取の問題を取り上げました。そして今回の『オールド・オーク』では、移民問題に正面から向き合っています。

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
「この脚本で気に入ったのは、白人労働者階級と難民の双方が共感を持って描かれている点です。両者はいずれも経済的な力と地政学的な混乱によって生み出された犠牲者であり、同じ場所に追いやられた存在です。そんな中でTJとヤラが共感と思いやり、そしてひょっとすると希望へと向かう道を切り開く存在として描かれています」
そうした考えのもと、ライアンはローチ監督との共同作業の多くに共通する、観察者的なカメラワークのアプローチを採用しました。
「ケンは俳優も非職業俳優も皆がリラックスして最高のパフォーマンスを発揮できるよう、カメラとクルーの存在感を極力抑えることを好みます。実際、今回もみんなが素晴らしい演技を見せてくれました」とライアンは語ります。「また、カメラの配置とフレーミングに関しても非常に優れた感覚を持っており、編集でショットがどうつながるかを常に頭に置いて考えています」

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
「手持ち撮影やステディカムは一切使用せず、カメラは常に三脚に固定しました。動きの表現にはパンを活用しており、特に複数の登場人物が絡む長いシーンではBカメラも併用しました」
『オールド・オーク』の撮影は2022年6月から7月にかけて6週間にわたって行われ、カウンティ・ダラムの旧炭鉱町マートン、ホーデン、イージントンのほか、ダラム大聖堂などでロケが敢行されました。作中に登場するマートンのパブは、かつて「ザ・ヴィクトリア」として知られていた廃業済みのパブです。なお、現在87歳のローチ監督とライアンのそれぞれの誕生日が撮影期間中に重なるという一幕もありました。
ライアンは本作の撮影に際して他の映画を参照することはせず、代わりに写真家クリス・キリップの「驚くほど観察眼に優れた」スチル写真の世界に深く没入したと語ります。キリップの代表的な写真集『イン・フラグランテ』『シーコール』『スキニングローヴ』は、1970年代から1980年代初頭にかけてイングランド北東部で撮影されたドキュメンタリー写真集で、1984〜85年の炭鉱労働者ストライキの様子も収められています。

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
ライアンはアスペクト比 1 : 1.85 でフレーミングし、メインカメラにARRI 35mm ST、バックアップ兼BカメラにARRI 35mm LTを選択。両機にはARRIマスタープライムレンズを装着しました。この組み合わせは『わたしは、ダニエル・ブレイク』でも使用したものです。
「ARRIのカメラとレンズは、フィルム撮影においてとても美しく、非常に誠実な組み合わせです」と彼は語ります。「今回の撮影では、焦点距離の長い側、50mmから135mmの範囲を中心に使用しました」。なお、カメラ機材はベルギーのTSFフィルムが提供しました。
ローチ監督が自然光での撮影と自然な仕上がりを好むことを十分に踏まえたうえで、ライアンは夜間の屋外シーンや光量の少ない室内シーンにはコダック VISION3 500T カラーネガフィルム 5219を、明るい日中の室内シーンには250D 5207を、日中の屋外シーンには50D 5203をそれぞれ選択しました。フィルムの現像はパインウッド・スタジオのコダック・フィルム・ラボが担当しました。

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
「この20年間、数多くの作品をフィルムで撮影できたことは本当に幸運だったと思いますし、今でも35mmでの撮影が大好きです」とライアンは語ります。「以前も言いましたし、これからも言い続けますが、映画らしい仕上がりを求めるなら、最初からフィルムで撮影するのが断然近道です。そしてケンにとって、フィルムは常に唯一の選択肢です」
「デジタルでは露出やLUT、照明などを駆使して"フィルムらしいルック"を作り出そうとしますが、フィルムのデフォルト設定はそもそも"フィルムらしいルック"そのものです。現像から上がってきた段階で、すでに素晴らしい仕上がりになっています。肌の色調の再現、ハイライト部分のディテール、色彩とコントラストのバランス、そのすべてが美しく、誠実です。それは『オールド・オーク』でも確かに感じていただけると思います」
撮影中、ライアン自身がカメラを操作し、ファースト・アシスタント・カメラマンのオルガ・アブラムソンがサポートを担当。セカンド・アシスタント・カメラマンにはトム・ジネイツ、クラッパー・ローダーにはアレクサンドル・カバンヌ、カメラ・トレイニーにはフローレンス・ギルバートソンがそれぞれ就きました。Bカメラのオペレーターはマット・フィッシャー、ガファーはローラン・ヴァン・エイスが務めました。

ケン・ローチ監督作『オールド・オーク』より Photo by Joss Barratt. Ⓒ Sixteen Films.
「ケンは常に万全の準備をしています。何をやりたいか、そしてどう実現するかを熟知しています」とライアンは述べます。「特にロケ地の選定と、太陽に対してカメラをどこに置くかという点においては、それが顕著です。彼は正面からの光を嫌い、自然光、とりわけ逆光を好みます。セットに照明スタンドが立っているのを見ると、もうそれだけでアウトなんです」
「ありがたいことに、床に置かず、天井に設置した見切れる照明については、まったく問題ありません。パブの室内シーンでは、DMG SL1を俳優たちの頭上にさりげなく仕込み、外からHMIを使って窓越しに光を差し込ませました。SL1はスリムなプロファイルで、ARRIスカイパネルのような器具と比べてかさばらず目立ちにくい上に、フルスペクトルの色再現が肌の色調に素晴らしい効果をもたらします」
「ダラム大聖堂のロケハンを行った際には、ステンドグラスの窓から素晴らしい陽光が差し込んでいました。ところが実際の撮影日は空が厚い雲に覆われ、聖堂内はほぼ真っ暗な状態でした。幸いなことに、ケンはとても寛大で、その日ばかりは照明スタンドの使用を許可してくれました」
ローチ監督の最後の長編作品となる可能性もある『オールド・オーク』の撮影を振り返り、ライアンはこう語ります。「再びケンから声をかけてもらい、素晴らしいサポートチームと共に、あの素晴らしいイングランド北東部の地で仕事ができたことを光栄に思います。彼は真の紳士であり、現場には常に和やかな雰囲気をもたらしてくれるので、一緒にいるととても楽しい。そして何より重要なのは、彼が50年以上にわたってフィルムで大切な物語を描き続けてきたということです。もし彼が次回作を撮ることを決意したなら、私はすぐにでも駆けつけます」
『オールド・オーク』
製作年: 2023年
製作国: イギリス/フランス/ベルギー合作
原 題: The Old Oak
配 給: ファインフィルムズ
公式サイト: https://oldoak-movie.com/