
2026年 6月 4日 VOL.265
ノスタルジックな映像美を追求し、撮影監督マルツェル・レーブが『ユーフォリア/EUPHORIA』シーズン2で採用したエクタクロームのアプローチ

Photo by Eddy Chen/HBO
むき出しの感情描写と挑発的な作風で大ヒットを記録したHBO Maxの高校ドラマ『ユーフォリア/EUPHORIA』。パンデミックによるシーズン1とシーズン2の間の2年以上に及ぶ制作中断を経て、増えつづける大勢のファンに向けて、作品のビジュアル表現にも大きな変化がもたらされました。疑う余地なく、最も根本的かつ創作面に大きな影響を及ぼした変更は、作品が撮影されるフォーマットの切り替えです。2019年の『ユーフォリア/EUPHORIA』立ち上げ以来検討されてきたこのアプローチは、中断期間中にテストと検証が重ねられ、そして撮影再開の機会がようやく訪れた際に本格的に導入されました。この変更には、作品の撮影フォーマットをシーズン1で使用されていたラージフォーマットのデジタルカメラ(ARRI Alexa 65にARRI プライムDNAレンズを装着したもの)から、全面的にフィルム撮影へと切り替えることが含まれていました。具体的には、この作品のために特別に復刻されたコダックの35mm エクタクローム 5294と、コダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219とを意図的に組み合わせたものです。
作品のクリエイター/エグゼクティブ・プロデューサー/監督を務めるサム・レヴィンソンと、彼が「最も信頼する制作パートナー」と呼ぶ撮影監督のマルツェル・レーブ(本作の立ち上げ当初から本作を支え、シーズン2では1話を除く全エピソードを担当)は、この決定には主に2つの理由があったと語っています。1つ目は、企画当初からフィルムで本作を制作したいと考えていたということ。2つ目は、ストーリーの語り口が変化したことで、デジタルのルックからフィルムのルックへと映像を進化させることが、創作面で理にかなうようになったということです。
「シーズン2は、もともとシーズン1で実現したかった形で撮影しました」とレヴィンソンは説明します。「この作品は、最初からフィルムで撮ることを想定していたんです。フィルムには本質的なノスタルジーがありますからね。作品の登場人物は皆、それぞれの頭の中で自分を映画の主人公だと思っています。そのような感覚が、(この作品では)リアルなティーン像から一転して、想像の世界へと移行させます。フィルムには常に現実以上のものを描く力があるので、フィルムストックに大胆な処理やコントロールを加えることで、その感覚をより強く引き出したいと考えていました」

Photo by Eddy Chen/HBO
「シーズン1では、HBO側からデジタル撮影を強く求められていました。でも、シーズン1が成功したことで、シーズン2ではフィルムへの移行を実現できたんです。もちろんデジタルも大好きですが、フィルムが持つ奥行きや温かみ、質感までは完全には表現できないと感じています。また、フィルム撮影には、制作プロセスに独特の規律を与える側面があります。すべてを意識的に判断しながら進めなければならないんです。私たちはこの作品を、何よりも“感覚に訴える体験”にしたいと考えていました。そして実際、視聴者の反応の大部分は、この作品のビジュアルそのものに支えられていると思います。フィルムで撮影することで、作品はより多くの観客に届くものになる。観客は、そこにどれだけ丁寧な仕事が注ぎ込まれているかを感じ取れるんです」
こうして、制作中断期間によってフィルムストックや撮影手法をじっくり試行できる時間が生まれたことで、制作チームは、この作品で当初から目指していた表現へとたどり着くことができました。そして同時に、レーブの言葉を借りれば、シーズン2の再始動にあたり、「新しいものを生み出す」ことも実現できたのです。
この点についてレヴィンソンは、フォーマットを切り替え、シーズン2に向けてフィルム主体のアプローチを設計したことは、シーズン1でファンが親しんできたルックを壊すどころか、むしろ彼とレーブが一貫して追い求めてきた「映像的なテーマ」を実現するものだったと強調します。レヴィンソンは、そのテーマについてこう語っています。「私たちにとって重要なのは、論理より先に感情へ届く表現であることなんです。だからシーズン2では、作品全体を“記憶の残像”のように見せたいと考えました。まるで、過去を回想しているような感覚ですね。そして私たちにとって、そうした記憶の原点はすべてフィルムから始まっているんです」

『ユーフォリア/EUPHORIA』の撮影現場にて、撮影監督のマルツェル・レーブ
レーブはさらにこう説明します。「シーズン2では同じことを繰り返したくはありませんでした。異なるルック、異なるタイプの作品を作りたいと考えていたのです。その点では、新しいものを生み出すことは挑戦でしたが、とても刺激的でもありました。この取り組みは、物語と作品のコンセプトを異なる方向へ転換したいというサムの意向を支えるためのものでした。シーズン1は現代の若者たちを同時代的に捉えた作品でしたが、シーズン2は高校時代を振り返る記憶のような感覚を目指していたんです。だからこそ、ノスタルジーを感じさせるルックを作る必要があったんです。フィルムというメディアがもたらす美しさは、その目的にぴったりでした」
その方向性をさらに推し進めるため、制作チームはパンデミックのピーク時に、キャストやロケーションに制約はありつつも、シリーズをつなぐ2本の特別エピソードをフィルムで撮影することに成功しました。この2本のエピソードはそれぞれ単体でも成立するクリエイティブな作品となりましたが、同時に、シーズン2に向けてチームが構築していたフィルムでの制作プランに対する確信を深める役割も果たしたのです。
「この2本のエピソードはスタイル面でもストーリー面でも、シーズン1とシーズン2をつなぐ役割を果たしています」とレーブは語ります。「サムと私は、この2本を制作する過程で、スタイル的にどんな方向へ踏み込めるのかを試すことができました。どちらもコダック VISION3 500T 5219で撮影しましたが、光の使い方を試行錯誤し、自分たちが惹かれたレンズを試したりもしました。結果として、シーズン2のルックを作り上げていくうえでとても貴重な機会になったんです」

特別エピソード1『ユーフォリア/EUPHORIA トラブルはずっと続かない』の撮影現場にて、(左から)出演俳優コールマン・ドミンゴ、撮影監督マルツェル・レーブ、監督サム・レヴィンソン
レーブは、中断期間がもたらした試行錯誤の重要性をこう強調します。「シーズン2の最終的なルックをどうするか決めていく過程で、あの2本のエピソードから得た経験を踏まえながら、フィルムストックや照明をテストすることができました。数多くのコダックのフィルムストックを試し、ラボではさまざまな現像処理を試しました。フィルムを通常より長く現像、またはより短く現像する増感/減感現像や、露出アンダー/露出オーバーなど、いずれも基本的なラボのテクニックです。さらに高度なテストとして、ネガに銀を一部残すブリーチバイパスなどを試したり、ポジプリントを作成してからスキャンしたりもしました。こうしたすべての試みは、典型的なフィルムのルックと少し違った印象や、あるいはより強調された映像表現を探るためのものでした。その結果、クロスプロセス処理したコダック エクタクロームが、私たちがシーズン2のルックとしてイメージしていたものに最も近かったのです」
最終的に、制作チームはコダック VISION3 500Tも多用しながらも、コダック エクタクロームを、レーブの言う「作品の基調となるルック」として成立させる撮影アプローチを構築しました。結果として、シーズン2全編をこの2種類のフィルムだけで撮影しました。ARRICAM LTのカメラボディに、Cooke S4、Cooke スピードパンクロ、Zeiss スーパースピードといった各種の球面レンズを組み合わせて使用しています。
エクタクロームのルックの実現には、バーバンクのフォトケムでフィルムを処理する際にひと工夫が必要だったとレーブは付け加えます。

Photo by Eddy Chen/HBO
「エクタクロームはリバーサルフィルムなので、標準のE-6で現像処理するとポジ像になるんです」とレーブは言います。「中間段階としてのネガは存在しませんが、ネガフィルムとして現像することも物理的には可能です。そうすると、強いコントラストを持ったグリーン寄りの画になるので、グレーディングやカメラ側のフィルターで色補正を行う必要があります。ただ、それをうまくコントロールできれば、過剰な彩度と一風変わった色合い、そして独特なコントラストが絶妙に調和した映像になります。通常より多くの光量と極めてフラットなライティングが求められるため、難しい面はありますが、ラボから戻ってくると、まるで魔法のような仕上がりになることもあります」
こうしたルックを実現するためには、制作チームはコダックと緊密に連携する必要もありました。35mmのエクタクロームは数年前から同社の製品ラインナップから外れていて、35mmフォーマットで使えるようにするだけでも特別な対応が必要だったのです。レーブはこう振り返ります。「『ユーフォリア/EUPHORIA』の成功を受けて、コダックはシーズン全体分の大口発注があれば製造を再開できると快く応じてくれ、その後の工程全体を通してとても協力的でした」
レーブは、ニューヨークを拠点に活動するスーパーバイジング・カラリスト、トム・プールの指導のもと、Company 3で行われたカラーグレーディング作業によって、エクタクロームのルックの上がりがさらに後押しされたと説明します。

Photo by Eddy Chen/HBO
「非常に薄いネガで、しかもクロスプロセス処理をしているので、スキャンすると最初はネガ全体がグリーン寄りに見えるんです」とレーブは語ります。「そこから、あの美しい色合いを引き出すためには、とても繊細な補正が必要でした。少し時間はかかりましたが、最終的には理想的なバランスを見つけ出すことができました。そしてトムの仕事のおかげで、シーズン全体を通して最高の仕上がりを得ることができたのです」
一方で、コダック VISION3 500Tについてレーブは、「エクタクロームと組み合わせて使っていた」と説明します。「500Tもかなり多く使いました。露出アンダーにして1段増感し、さらに照明やグレーディングで、エクタクロームの映像に近い印象になるように調整しました。もちろん、500T自体はエクタクロームと“完全に一致”するわけではありませんが、視覚的には両方とも同じ映像世界に属しているように見せることを意識していました」
しかし、このアプローチには、照明において細心の注意が必要でした。エクタクロームで撮影されたシーンは、500Tで撮影された他の素材とは照明の要件が大きく異なったことをレーブは指摘します。

Photo by Eddy Chen/HBO
「エクタクロームはコントラストが強いフィルムです」と彼は言います。「ラチチュードはおよそ4〜5ストップしかありません。でもその代わり、適切な照明で撮影すれば、深みのあるすばらしいシャドウと美しい色合いが得られるのです。粒子感も強いフィルムで、クロスプロセス処理をすると特にその傾向が強くなるので解像度は低めになります。それに、ハイライトも飛びやすいですが、その飛び方がとても滑らかで美しいので、場合によってはむしろ積極的に活かしたくなるんです。使い方次第では、独特の感情的なニュアンスを映像に与えてくれます。ISO100のフィルムなので、かなりの光量が必要ですし、とても柔らかい光で、フィルライトを多めに入れる必要があります。なので、カメラのフィルムストックを切り替えるたびに、照明のアプローチも真逆にしていました。大きな挑戦でしたが、苦労の甲斐があったと思います」
チーフ照明技師のダニー・デュールはさらに、この作品の照明に求められていた条件の1つとして、「どちらのフィルムストックにも即座に対応できる準備を常に整えておく必要がありました。特にエクタクロームで必要となる光量を確保するため、技術面でも現場オペレーション面でも多くの課題がありました。それでも、優秀なリギングチームのおかげで、十分な電源と照明機材を常にスタンバイさせることができていました」と付け加えています。
デュールは今回の照明パッケージについて、主に次のような構成だったと説明しています。「シーズンを通じてその場その場で明るさを調整する指示を出していたので、自由度の高いLEDユニットを多用し、さらに大型のタングステンやHMIユニットも組み合わせました。スタジオ撮影の多くでは、スカイパネルをハーフグリッド越しにバウンスさせてソフトボックスとして使い、セットでRGBが不要な場合は、Litegearのタイルライトをフルグリッドのソフトボックス越しに使っていました。また、デイシーンのスタジオ内では、大型のHMIをバウンスさせた光と、タングステンの直射光を組み合わせて使う一方で、夜の屋外シーンでは、18KのアリマックスやM90を大型のコンドル(高所作業用ブームリフト)に載せてベースとなるバックライトを作り、上方に設置したさまざまなタイプのソフトボックスを補助光として足すことが多かったです」
『ユーフォリア/EUPHORIA』 シーズン2
製作年: 2022年
製作国: アメリカ
原 題: Euphoria
チャンネル: HBO
配 信: U-NEXT
公式サイト: https://video.unext.jp/title/SID0067543