
2026年 8月 27日 VOL.269
撮影監督アルセニ・カチャトゥランが、ボストンとニューオーリンズを舞台に、対照的な2つの映像スタイルと35mmフィルムでクリストファー・ボルグリ監督の異色作『ドラマなふたり』を撮影

Tatte Bakery & Cafeでの『ドラマなふたり』主演ゼンデイヤ Photo courtesy of A24.
愛はなぜ、抗いがたいほど確かなものでありながら、同時に人の心を揺るがすのでしょうか?
この問いを投げかけるのが、『シック・オブ・マイセルフ』『ドリーム・シナリオ』のクリストファー・ボルグリ監督による『ドラマなふたり』です。本作は、美術館のキュレーター、チャーリー(ロバート・パティンソン)と書店員のエマ(ゼンデイヤ)が結婚準備を進める中、その関係がまるで衝突事故のように崩れていくさまを描いたロマンティック・コメディです。
めまぐるしい恋愛期間を経て、ボストンで幸せな同棲生活を送っていた二人。しかし、酒の席で「これまでにした最悪のことは?」というゲームに興じる中、エマが学生時代に起きた未遂の銃乱射事件について衝撃的な告白をしたことで、目前に迫っていた二人の結婚は大きく揺らぎ始めます。
撮影監督のアルセニ・カチャトゥラン(『ボーンズ アンド オール』)は、すぐにこの企画に惹きつけられたといいます。ボルグリ監督とは本作が初めての仕事となります。「とても刺激的な脚本だと思いました。というのも、ジャンルをひとつに特定するのが難しかったからです。読んでみると、さまざまな方向へ展開し、多彩なテーマを掘り下げられる自由さを感じました。コメディの要素がありながら、深みも中身もある。受容についての物語であり、愛について、そして赦しについての物語でもあります。それでいて、どこかパンク的な遊び心もあって、そこがとてもユニークでした」

『ドラマなふたり』の撮影現場にて、撮影監督アルセニ・カチャトゥラン Photo courtesy of Jac Martinez/A24.
監督と撮影監督はともに35mmフィルムの愛用者で、この型破りなラブストーリーには、映像表現の面でもさまざまな可能性がありました。撮影は秋のボストンと、若き日のエマ(ジョーディン・キュレット)が登場する回想シーンのため、冬のニューオーリンズで行われ、Panavision Millennium XLカメラとPanavision P-Vintageレンズを使用。数多くのテストを重ねた末、カチャトゥランは自身が最も気に入っているフィルム、コダック VISION3 500T カラーネガティブフィルム 5219を選択しました。
さらにカチャトゥランは、コダックが新たに開発したVISION3のアンチハレーション・アンダーコート(AHU)版もテストし、実際の撮影に使用しました。これは、従来の現像時に除去されるカーボンベースのレムジェット・バッキングを廃し、新たなアンチハレーション層を採用したものです。「500Tは、このレムジェット層をなくした新仕様が最初に導入されたフィルムのひとつだったと思います。私たちはかなり徹底的にテストしましたが、従来とほとんど変わらないルックだと分かって、本当に嬉しかったですね……ほぼ同じと言っていいくらいです」
美しい顔の表情やポートレートを重視した本作で、カチャトゥランは500T 5219とP-Vintageレンズの選択に大きな手応えを感じていました。この組み合わせによって、映像にヴィンテージならではの質感がもたらされました。「これは本当に驚くべき経験でした。これほど多くのクローズアップや、密接なポートレートを撮影した作品は、これまでありませんでした」と彼は説明します。「そのため、長焦点レンズやズームレンズもかなり多用しました」
『ドラマなふたり』をフィルムで撮影することで、チャーリーとエマの姿には、共感を誘う雰囲気と人間的な慎ましさがもたらされました。プリプロダクションでは、ボルグリ監督が週末にボストンの映画館を借り切り、キャストやスタッフとともにさまざまな作品を鑑賞しました。その中には、ミヒャエル・ハネケ監督の『ピアニスト』やクレール・ドゥニ監督の『35杯のラムショット』などが含まれていました。

『ドラマなふたり』の撮影現場にて、ゼンデイヤ、ロバート・パティンソンとともに写るクリストファー・ボルグリ監督 Photo courtesy of Jac Martinez/A24.
マルチカメラで撮影された本作で、カチャトゥランがまず目指したのは、物語の冒頭にごく日常的な感覚を生み出すことでした。「映像として成熟した落ち着きのあるルック(映像の見た目)にして、観客が親近感を抱けるようにすることが、私にとって非常に重要でした。というのも、結局のところ、チャーリーとエマはごく普通の人たちだからです」とカチャトゥランは振り返ります。
1:1.85のアスペクト比はポートレートを捉えるのに非常に適していましたが、同時に、人物同士を容易に切り離して見せられるだけの横幅もありました。しかし、チャーリーがエマの秘密を知ってからは、二人が互いに距離を置くような構図が増え、同じフレームに収まることも少なくなっていきます。
ここから二人の感情は混沌へと向かい、都会の豊かな暮らしの中に、幻覚的でシュールな世界が入り込んでいきます。印象的な場面のひとつが、チャーリーとエマがケンブリッジ美術館に忍び込み、赤い警報灯が点滅する中でキスを交わすシーン。そしてもうひとつが、結婚式の参列者全員が銃撃によって次々と倒される、血まみれの悪夢のシーンです。
「ボストンはロケーションのバリエーションが非常に豊富なので、撮影するには本当に美しい街でした」とカチャトゥランは語ります。「バックベイ地区にあるアパートのシーンは、撮影期間の終盤に撮りました。階段や螺旋階段が多く、決して撮影しやすい場所ではなく、そこでの仕事はちょっとした運動でしたね」

『ドラマなふたり』の結婚式のシーンより、マムドゥ・アティエ(左)とアラナ・ハイム Photo courtesy of A24.
チャーリーとエマが初めて出会うケンブリッジのカフェは、徹底的なロケーション探しの末に見つかりました。最終的に撮影場所となったのはTatte Bakery & Cafeで、広く明るいうえに店内を見渡しやすい空間でした。エマに好印象を与えようと、チャーリーがこっそり行ったり来たりする様子を捉えるうえで、この空間的な特徴が重要だったのです。
エマが勤める出版社のシーンは、ブルータリズム建築が特徴的なMITで撮影されました。また、チャーリーとエマが結婚式で披露する振り付けを練習するダンススタジオは、カチャトゥランがGoogleマップで見つけた場所です。「最上階にあったので、撮影当日に太陽の光が差し込んでくれることを期待していましたが、実際、その光は本当に素晴らしいものでした」と彼は語ります。「実は撮影初日に撮ったんです。撮影が始まったばかりでしたが、差し込んでくる美しい光の中で、この作品の撮影をスタートできたのは本当に良かったですね」
カチャトゥランは普段、できる限り自然光を生かして撮影することを好んでいます。しかしボストンの秋は天候が変わりやすく、風も強いうえに日が差したり陰ったりを繰り返したため、今回は思うように自然光を活用することができませんでした。

『ドラマなふたり』のワインテイスティングのシーンより、手前にアラナ・ハイム、奥にゼンデイヤ(左)とロバート・パティンソン Photo courtesy of A24.
エマが秘密を打ち明けるワインテイスティングと結婚式のシーンは、どちらもマサチューセッツ州イプスウィッチにあるエリザベス朝様式の邸宅、Mansion on Turner Hillで撮影されました。なかでも結婚式の撮影は非常に難しく、1週間以上を費やしたうえ、ショットリストを消化するのにもかなりの時間を要しました。「登場人物同士の関係性がいくつも絡み合っていましたし、アングルやアイラインも非常に多かったんです。しかも、この大きなホールで全員が円卓を囲んで座っています」とカチャトゥランは説明します。「必要なショットを撮りこぼさない一方で、必要以上に撮りすぎないよう細心の注意を払いました」
結婚式のシーンでもうひとつ特筆すべき点は、式が夕方から日没を経て夜まで続く設定だったことです。そのため、光を徐々に変化させながら、一つひとつの瞬間や場面を形作っていくことは、とても刺激的な作業でした。「まず明るい昼光の中から始めることで」とカチャトゥランは説明します。「この先何が起こるか分からないという曖昧な感覚を生み出しました。新郎新婦にとって、すべてがうまくいくかもしれないし、逆に悪い方向へ転ぶかもしれない、という雰囲気です」
「そして夕暮れが迫る中、エマとチャーリー、そして彼の同僚ミーシャ(ヘイリー・ゲイツ)のシーンがあります」と彼は続けます。「そこでは最後に残った黄金色の陽光の中で、かなりカタルシスを感じさせる展開が繰り広げられます。特にチャーリーは、自分自身の嘘や秘密と向き合うことになります。その一方でエマは、結婚式にいる全員に自分の秘密が知られてしまったのではないかと恐れています。そして夜が訪れると、そこから事態は一気に手に負えない方向へと進んでいきます」

『ドラマなふたり』のダンスシーンより、ロバート・パティンソン(左)とゼンデイヤ Photo courtesy of A24.
カチャトゥランは、ガファーのフランス・ウェッタリングスとキーグリップのマット・マニアの協力を得て、結婚式のシーン全体を建物の外からライティングしました。撮影が数日間にわたったため、照明も大規模なセットアップとなりました。「アングルも非常に多く、さまざまな部屋で撮影するシーンがありました」とカチャトゥランは振り返ります。「そのため、光には高い一貫性を持たせる必要がありました。ここでも窓が多く、そこから光が差し込んできます。ですから、この作品では自然光の変化を追いながら撮影するという方法は、現実的な選択肢ではありませんでした」
一方、2000年代初頭を舞台に、10代のエマが抱えていた疎外感を描くニューオーリンズでの回想シーンは、ボストンでの撮影から2ヶ月後となる2025年初頭に撮影されました。「ニューオーリンズのシーンは、ボストンとは視覚的に明確なコントラストがあります」とカチャトゥランは語ります。「さらに、チャーリーが育ったイギリスとも対照的です。私たちが求めていたのは、アメリカ南部ならではの質感だったと思います。湿地帯でも撮影を行い、国の反対側に来たことがはっきりと感じられるような自然を探し求めました」
回想シーンでは、エマが高校時代に着ているスウェットの赤を強調するなど、より彩度の高いルックにしていますが、使用したフィルムは同じです。増感や減感現像は行わず、Harbor Picture Companyのカラーリスト、ダミアン・ヴァンダークルーセンとともにグレーディングを変えることで、より鮮やかで力強い映像に仕上げました。一方、エマが撮影したローファイなウェブ映像や携帯電話の映像を表現するため、Hi8カメラに加え、彼女のパソコンには当時のウェブカメラを使用しています。
フィルム現像について、カチャトゥランは、今年初めに亡くなったクイーンズのKodak Film Lab NYのマネージャー、故トニー・ランダーノへの感謝と敬意を表しました。「トニーと一緒に仕事をしたのは、この作品が最後になりました。彼とは10年以上にわたって仕事をしてきました」と彼は振り返ります。「長編映画を3本一緒に手掛けました。本当に素晴らしい人でした。私たちは映画界のレジェンドを失ってしまったのです」
『ドラマなふたり』
(8月21日より全国公開)
製作年: 2026年
製作国: アメリカ
原 題: The Drama
配 給: ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト: https://happinet-phantom.com/drama/