
2026年 10月 1日 VOL.272
第76回ベルリン国際映画祭
パノラマ部門 正式出品
映画『しびれ』
― 撮影 光岡兵庫氏 インタビュー

Ⓒ2025 "NUMB" FILM PARTNERS
『佐々木、イン、マイマイン』で国内映画賞の新人賞を数多く受賞し、『若き見知らぬ者たち』で現実に抗いながら何かを掴もうとする若者の青春を一貫して見つめ、映画界に鮮烈な印象を残してきた内山拓也監督。構想十余年を経て世に放つ最新作『しびれ』は、監督自身の故郷である冬の新潟を舞台とした、渾身の自伝的作品です。
撮影を託されたのは、『若き見知らぬ者たち』でもタッグを組んだ光岡兵庫氏。青年期の主人公・大地役を務めるのは北村匠海。共演には宮沢りえ、永瀬正敏ら日本映画界を代表する名優たちが名を連ねます。居場所とアイデンティティを模索する一人の孤独な少年が、自身の葛藤を抱えながら息をのむような大きな愛を知るまでの20年間を、冬の新潟の圧倒的な映像美とともに描き出します。映画『しびれ』は、2026年9月25日(金)より全国劇場公開。
今号では、光岡兵庫氏に16mmフィルムでの撮影や現場についてお話を伺いました。
まず、今回16mm撮影を選択された理由についてお聞かせください。
光岡C:16mmの選択は、この映画のお話をいただいた時点ですでに決まっていました。内山拓也監督から「16mmフィルムで撮りたい」という強いご提案があったんです。今回は監督の自叙伝的な作品で、監督の記憶を辿り、それを再構築して撮っていくというスタイルでした。実際に監督が生まれ育った新潟で、記憶の中にあるものをリアルに撮りたい。光が物体に反射し、その光の情報を物理的にネガフィルムに残す。見たままをそのまま記録するということを一貫してやろうと考え、フィルムを選択しました。

内山拓也監督(左)と光岡兵庫氏(右)
今回の作品は、以前、内山監督とご一緒された作品と比べると、どういう違いがありますか?
光岡C:前作『若き見知らぬ者たち』(2024年)では、三脚、ステディカム、ドリーなど、さまざまな機材を駆使していました。今回は、主人公が見ている景色を一緒に見ることがテーマのひとつでもあったので、彼と自分の感覚を合わせるために、すべて手持ちで撮影しています。主人公が動けば動く、止まれば止まる、彼が向いた方向へキャメラも向く。彼の心の中を覗き込み、一体化しなければならない瞬間がありました。ですから前作よりも、かなり動的に、感覚的に撮影していましたね。

事前のテスト撮影についてはいかがでしたか?
光岡C:今回はルックやトーンをあえて作らない、現像から上がってきたオリジナルの素材になるべく手を加えないことが大前提でしたので、かなりシンプルなテスト内容でした。他には火、雨、水中と、さまざまな状況を作ってのテストを行っています。その中でいちばん確かめておきたかったのが、肌の見え方です。寒さで乾燥した肌、体調の変化でくすんだ肌が、ライティングやメイクによってどう写るのかを検証しました。ハイライトが柔らかく出て、色も滲むというフィルム特有の特性が、肌の絶妙な色合いを表現してくれました。ヘアメイクの田中マリ子さん、照明の阿部良平さんと綿密に話し合い、監督にも確認していただきながら、テストで一つ一つ詰めていきました。

撮影期間とロケ地を教えてください。
光岡C:クランクインは2024年12月。撮影期間は約20日間でした。ロケ地はすべて新潟です。上越、中越、下越と移動していきました。基本的に脚本の順撮りで、主人公の成長に合わせています。
フィルムタイプをVISION3 500T 7219のみにした理由を教えてください。
光岡C:はじめは250D 7207と500T 7219でデイとナイターを分けようと考えました。ただナイターシーンが多く、映画全体のトーンを統一したかったので500Tのみでいくことにしました。全体的に寒さや冷たさを感じるように少し青いトーンにもしたいと思っていたのですが、500Tはタングステンタイプですので、デイオープンで撮影したカットを4800Kを基準にスキャンすると、暗部やハイライトに青がわずかに乗る。その自然な色合いがとてもよかったです。


撮影機材とレンズ、アスペクト比を教えてください。
光岡C:キャメラはARRI SR3です。レンズは16mm用のZEISSファストレンズ(ZEISS Super Speed)を軸に、18mmなど一部は35mm用のZEISSファストレンズを使用しました。通常であれば、キャメラが入るスペースを確保できるかどうかも考慮してロケーションを選びます。ただ今回は、その場所が持つリアリティのほうを優先しました。ですから空間は狭く、スタッフでギチギチになりながら撮影していました。広い現場のように自分が下がって範囲を調整できませんから、キャメラと被写体との距離感はレンズで決めるしかない。狭いからこそ1mm、2mmの差がそのまま画に出るので、レンズのミリ数はシビアに詰めていきました。アスペクト比はヨーロピアンビスタ(1:1.66)です。左右に黒みを入れて画に没入感を持たせつつ、画郭の壮大さも保ちたかったので、これを選びました。
撮影現場でこだわった点や、苦労された点があれば教えてください。
光岡C:先ほどのロケーションの話と重なりますが、あの狭さのなかで16mmで主人公を追い続けるわけですから、空間を目視しながら細かく把握するのに苦労しました。一歩踏み間違えればコケてしまう、物を壊してしまうような場所でしたから。そこで、ファインダーを覗かずにモニターを見ながら空間を把握できるように、HDタップという機材を導入しました。その結果、すべて手持ちで、狭い空間でも主人公を追い続けることができました。ただ、16mmフィルムの撮影でファインダーを覗かずに進めるのは、正直なところ怖かったですね。露出は細かく計測していましたし、フォーカスプラーもスケールできちんと距離を測り、目感で送ってくれていた。それだけの備えをしても、フィルム撮影においてモニターだけで画を判断するストレスはありました。HDタップがズレればモニタリングしている映像もボケたりズレたりしますから、カットごとにチェックしていましたね。それでも最終的にうまくいったのは、各々が自分の仕事を全うしてくれたからだと思います。水中や狭い空間での撮影でも、HDタップには本当に助けられました。
監督の演出についてはいかがでしたか?
光岡C:監督にとっては過去のご自身を演じてもらうわけですが、「あなただったら動ける?」「この扉を開けることができる?」というように、役者の感情に問いかける演出だと思いました。役者にはその場所と状況を差し出して、そこに監督も一緒に立って考える時間を持ってもらう、というイメージですね。台本には、たとえば水をペットボトルに入れる、飲んで味見をする、といった細かい動きは書かれています。でも、そのとき不味そうにするのかどうかまでは書かれていない。彼がこの状況から脱出したいのか、どう思っているのか、そういう細やかな表情を、監督は現場でじっくりとご覧になっていました。そういう演出方法だったので、同じ空間にいた私自身も、その感覚や感情を読み取りながら主人公を追い続けることができました。

照明の阿部良平氏とはどのようなお話をされていましたか?
光岡C:阿部さんとは『若き見知らぬ者たち』(2024年)に続いて、今回で2作品目になります。ロケハンの時点から、その場所に元からあるリアルな空気感や雰囲気、自然光を生かして照明を考えていきました。窓から入ってくる太陽光、蛍光灯の色味、そういうものをベースにしています。今回の現場は天井も低く、窓の枚数も少なくて、照明が仕込みにくい状況でした。そのなかで蛍光灯や電飾といった、そのまま画面に入れられる光源をうまく使って、とてもナチュラルな光をつくってもらいました。常に人物とキャメラの距離が近く、キャメラは基本360度どこへでも向いて人物をフォローしていきますから、照明部の皆さんにはずいぶん苦労をおかけしました。それでもキャメラ動線のわずかな隙間や、ギリギリ見えない場所に照明を仕込んでもらっています。今回は美術と照明がほぼ対になっている現場でした。たとえば、もう少し部屋を暗くしたいとなったとき、段ボールや新聞紙で窓ガラスを塞ぐ。これは美術の福島奈央花さんと阿部さんのアイデアで、画に映って構わないものを使って空間と照明を同時に創っていく、ということをされていました。スタッフ全員で、監督が追い求めるリアルなものを撮ることに協力していった感覚です。主人公が成長するにつれて時代も進んでいきますから、タングステンの暖かく柔らかい光と、LEDの少し硬い光質をうまく使い分けようと、色についても話し合いを重ねました。ただ、予算の都合でタングステンライトではなくLEDライトを多用していたのですが、16mmフィルムはハイライトが柔らかく出て、色にも深みがあって、それでいて優しい発色になる。そのおかげで、求めていた時代感のあるトーンになりました。

撮影スタイルは手持ちですね。
光岡C:そうですね。手持ちはよくやりますが、全編手持ちでやり切ったのは初めてでした。足捌き、体幹、柔軟性といった身体的なものを求められますから、撮影期間中は体のケアをしっかりして、常にいい状態で現場に臨みました。手持ちをしている時の感覚としては、大地が見ている世界を一緒に見ている、というのが近いかもしれません。だからそれは主観であり、客観でもある。その感覚があるからこそ、大地の横顔のカットが多いんです。

今回の作品で最大のチャレンジといえば何になりますか?
光岡C:16mmでの水中撮影です。SR3が入る水中ハウジングを制作してくださったのは、テールの千々松政昭さんです。既存のハウジングを削り、SR3が収まるように試行錯誤していただきました。水中での衝撃でフィルムに異常が出ても、異音で気づくことができない。HDタップがズレてモニタリングができなくなるなど、そうしたリスクを抱えた現場でしたが、水中撮影チームと撮影部の連携で、安全に撮り切ることができました。デジタルで撮ってフィルムレコーディングする選択肢もありましたが、フィルムで撮ることにこだわりました。

現像以降の仕上げについて教えてください。
光岡C:現像とグレーディングはIMAGICAエンタテインメントメディアサービスで行いました。ScanStationで4Kスキャンし、基本はノーマル現像で、2倍増感したナイターシーンが一部あります。カラリストの横田早紀さんとは、現像から上がってきたそのままの素材をいじりすぎないように、色と向き合っていました。マスクを切ってのグレーディングや、各カットの細かい色補正はもちろん行っています。そのうえで、現場で撮影したものに一番近い状態で残す。それが今回のグレーディングでこだわったところです。現像でそのまま出ているもの、私たちが撮った記録のまま、それがみんなで創ってきたものだと思います。
仕上がりについての感想はいかがでしょうか?
光岡C:普段はグレーディングでトーンを出すことが多いのですが、今回はあえて作り込みすぎない、ドキュメンタリータッチの画にできたと思っています。フィルムトーンをデジタルでつくってきた世代ですから、実際に本当のフィルムで長編を撮影できたことには感動もありました。やはり全然違いますね。特に発色にはとても満足しています。今作は原色の赤、青、黄がキーカラーなのですが、フィルムの、深みがありながら淡い色合いが、作品全体のトーンをつくり出してくれました。
監督や他のスタッフの方々の感想はいかがでしたか?
光岡C:監督は仕上がりに本当に満足されていましたね。「できるならこの先、一生フィルムでやりたい」とおっしゃっていました。内山監督は、フィルムで撮るという行為そのものを重んじておられる方です。デジタルでメディアに記録するのではなく、フィルムに焼き付ける、その一点に価値を置いていらっしゃる。焼き付いた瞬間の画を、心から大事にされている監督です。

今回、フィルム撮影にして良かった点はありますか?
光岡C:あり過ぎますね。まず16mmであること。画が生きている、という感覚があります。感覚的な話ですが、現像から上がってきたフィルムをスキャンしてデータとして観たときに、空気や匂いまで全部映っているんです。粒子が動いていて、まるで生き物のようだと。これはフィルムでしか得られないもので、デジタルでは出せないルックです。デジタルで撮ったものはデータでしかない。でもフィルムで撮ると、そこに命が芽生える。抽象的ですが、画に魂が宿るというか。特にこの作品では、そこに魂を込められたかどうかが、何より大事だったと思います。
今後のご自身の撮影について教えてください。
光岡C:私はいわゆるデジタル世代で、フィルムの助手経験もありません。それでもフィルム撮影は続けていきたいし、私より若い世代にもフィルムの凄さを知ってもらいたいと思っています。もちろん撮影部の連携が要で、そこがしっかりしていなければ成立しません。露出をはじめ技術をきちんと理解していないと、機材を壊したり事故につながったりもする。でも自分で学んでチームを作れれば、フィルムで撮ったからこそ得られるものがこんなにもあるんです。私自身、キャメラマンになって3年目くらいまでは、フィルムは遠い存在でした。大御所の方がやるもの、グレーディングで似たようなものはできる、そんな感覚だったんです。経験がないことは、私自身のコンプレックスでもありました。でも実際にやってみると、デジタルとはまったく違う。こんなにも素晴らしいものに触れられる機会があるなら、絶対にやったほうがいい。「人生変わるよ」と、私は言いたいです。

(インタビュー:2026年8月)
PROFILE
光岡 兵庫
みつおか ひょうご
1993年生まれ。雑誌編集、スチール撮影、テレビ制作会社を経て広告業界へ。数々のCMやMVで撮影を担当。長編映画では、白磯大知監督『中村屋酒店の兄弟』(2022年)、萩原健太郎監督『ブルーピリオド』(2024年)、内山拓也監督『若き見知らぬ者たち』(2024年)などの撮影を手がける。

撮影情報 (敬称略)
予告篇
映画『しびれ』
監督・原案・脚本: 内山拓也
撮影: 光岡兵庫
撮影チーフ/フォーカスプラー: 佐藤楽
ローダー: 伊藤佳純
サード: 吉田寛
水中キャメラ: 千々松政昭
カラリスト: 横田早紀
照明技師: 阿部良平
キャメラ: ARRI SR3
レンズ: 16mm ZEISS Super Speed 8mm~25mm、35mm ZEISS Super Speed 18mm
フィルム: コダック VISION3 500T 7219
現像・スキャン: IMAGICAエンタテインメントメディアサービス
製作幹事・制作プロダクション: RIKIプロジェクト
配給: NAKACHIKA
公式サイト: https://shibire.jp/
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